SPECIAL
「東京芸術祭ひろば − トランジット キッチン」レポート
日常と舞台の世界の間で表現に親しむ野外インフォメーションセンター
東京芸術祭のインフォメーション空間として、今年新しく開催された「東京芸術祭ひろば - トランジット キッチン」(以下、キッチン)。
2024年9月19日(木)〜29日(日)までの約10日間、東京芸術劇場 劇場前広場で開催し合計4,652名の方にご来場いただきました。
キッチンは、人々が日常と舞台・表現の間をまるでトランジットするようにそれぞれの楽しみ方で過ごせる野外のインフォメーションセンターです。東京芸術祭に訪れた方をはじめ、観劇に馴染みのない方、演者、制作・運営スタッフなど、この場所に訪れた様々な人たちが演劇や文化について語る場を作り出すことを目指して開設されました。
ここでは、連日繰り広げられたキッチンの記録を、スタッフの磯野が紹介します。
(テキスト:磯野玲奈 写真:中川達彦 編集:今井さつき)
東京芸術祭を知れる野外インフォメーションセンター
まずは全体像を紹介します!
東京芸術劇場の正面玄関を出てすぐの劇場前広場に、キッチンはあります。そこにはテーブル席やベンチ席が設置され、3つの旗が揺らめいています。
また、テーブルの周りには2台のキッチンカーが並び、食事をする人や会話する人、DJの音楽に耳を澄ます人など、楽しそうな雰囲気が広がっています。
キッチンの正面出入口にインフォメーションデスクを設置。ここでは東京芸術祭の各演目パンフレットやフライヤーを閲覧したり、スタッフに東京芸術祭や演目についての質問ができます。
キッチンでは、観劇前後の方や偶然通りがかった方にとって舞台芸術の世界へのタッチポイントになり、かつ過ごしやすい空間を作りたいという思いから、その日の天候や関連イベントの有無などに合わせて有機的に空間を変えていきました。
また、キッチンの空間全体では各演目からインスパイアされたフード、音楽、アート、パフォーマンスを体験・鑑賞することができ、来場者が舞台芸術の世界の一部に触れ、興味を持つきっかけになる表現が点在していることが特徴です。
それでは、それぞれの表現を見てみましょう!
演目にエールを送るコラボフード
キッチンには、毎日COCOROTUSのキッチンカーがやってきました。ここではフードを担当する宮川亜弓さんが芸術祭のプログラムからインスパイアされて考案した3種類のコラボフードと、COCOROTUSが販売する世界各地の料理を芸術祭のためにアレンジしたバゲットサンドが販売されました。
1つ目のコラボメニューは「梅紫のKOI模様」。東京芸術劇場 Presents 木ノ下歌舞伎の作品『三人吉三廓初買』とコラボしたかき氷です。演目のフライヤーの鮮やかなピンク色を思い起こさせるストロベリー・ラズベリー・ブルーベリーから作られたソースの酸味、ベースのミルクソースの甘味、無添加・無着色の塩梅の塩味が調和した華やかな味わいのかき氷です。
2つ目は「象牙色の夢」。円盤に乗る派の作品『仮想的な失調』とコラボしたかき氷で、本演目の“2つの古典作品を下地として現代的な作品が生まれる様”を蜜糖、ほうじ茶粉、和三盆などの昔ながらの素材で表現しています。自家製のジンジャースパイスシロップと糖蜜のベースが味わい深く、トップには麦ポン菓子と香りを楽しめる八角が飾られて、古くからの味わいの中に新しさがマッチしていました。
3つ目は「グリルチキン×夏野菜マリネサンド」。チェルフィッチュ× 藤倉大 with アンサンブル・ノマドの作品『リビングルームのメタモルフォーシス』とのコラボバゲットサンドです。本演目の演劇と音楽が「混ざり合う」というキーワードからグリルチキンとハーブの下味がついたグリルチキンの風味が響き合うボリューミーなサンドに。
観劇前後のお客様が舞台の世界とともにフードを食べる様子も見られ、鑑賞体験の過程としてコラボフードも楽しむことができました。
キッチンの空間を超えて人々が楽しめる!DJ
会場の音楽を担当したのは美術家でDJのTommoさん。芸術祭のプログラムからインスパイアされたDJを披露しました。時間帯や天気にも呼応した選曲で、Tommoさんならではの世界観を作り出していました。音楽はキッチンを超えて街ゆく人々にも届き、その場で足を止めたり、歩きながらリズムにのっている人もいました。
ある日の夜には、DJを聴いて踊り始めた子どもと、居合わせた人々が一緒になって踊る場面も。誰もが表現に参加できる余白がキッチンにはあったように思います。
毎日キッチンの景色を変化させるアート
キッチンでアート作品を生み出したのは、染色技術を用いて作品制作する美術家の山本愛子さん。自身がこれまで染色してきた布を縫い合わせて芸術祭のプログラムをイメージした旗を制作しました。演目の鑑賞と作品制作を繰り返し、日毎に作品が変化していきました。
公開制作をしていると「これは何を作っているの?」と興味を持って話しかけてくれ、自然と芸術祭や演目の話につながっていくこともありました。山本さんも「作品に興味を持ってくれて嬉しかった」と話していました。
ダンスパフォーマンス
ダンサーのasamicroさんは、同じくダンサーの山中芽衣さん、北川結さん(モモンガ・コンプレックス)とともに芸術祭のプログラムを鑑賞し、それにインスパイアされた作品を披露。公開クリエイションと4回のパフォーマンスを行いました。
パフォーマンス時には、山本さんの作品を一枚ずつフラッグポールに掛ける動きがあったり、Tommoさんが即興で流す音楽の中でダンスパフォーマンスを披露するなど、アーティスト同士のコラボレーションがありました。
ある時は劇場内のエスカレーターから登場したり、ある時は劇場前にある池袋西口公園にいる人からも見える場所で踊ったり、終演後の来場者が通る時間帯に行ったりとパフォーマンスは毎回少しずつ異なった演出がされました。これは、asamicroさんがストリートダンスをしてきた経験とも重なり、劇場を訪れた人もそうでない人もついつい足を止めてじっくりと見たくなる仕掛けにもなっていました。
9月28日の夜、雨が降り明かりが水たまりに反射する幻想的な雰囲気の中でasamicroさんの単独パフォーマンスも行われました。
終演後に考えや思いを共有する
円盤に乗る派『仮想的な失調』感想会
さらにキッチンでは、『仮想的な失調』の感想会を行う試みも行われました。観劇後の来場者と東京芸術祭の担当者、そして円盤に乗る派の皆さんが観劇後にそれぞれの感覚や考えを少しずつ言葉にしながら、ともに感想や意見を交換できる場になりました。
感想会は5回の上演中、4回企画され、キッチンでは3回開催されました。
「東京芸術祭ひろば − トランジット キッチン」をひらいてみて
キッチンの企画者である東京芸術祭 広報の今井さつきさんは、キッチンの実施をこう振り返ります。
今井「今回、東京芸術祭でも野外のインフォメーションという初めての試みでした。インフォメーションという役割を果たしながら、その表現方法を拡張したいと思い、今回のようなフードやアートやパフォーマンス、音楽など、東京芸術祭を知らない人たちも、様々な舞台の世界への入口を作りたいと考えました。開催中は様々な人がコラボフードを食べたり、音楽に合わせて踊ったり、作品を鑑賞したり、作家と交流したり、パフォーマンスを観たりと、それぞれに楽しむ様子が度々見られました。中にはTommoさんの友人がやってきてDJを演奏したり、偶然立ち寄った近くの学生さんが躍りにきてくれたり、近くで座って喋っていた海外からお越しの方がキッチンを訪れてくれたり、観劇しにきた海外の方がパフォーマーと交流したりと、日々何かがおきる有機的な空間を作ることができたと思います。
少しでも多くの人が楽しみ、東京芸術祭の存在がより広がっていたら嬉しいです。この空間を企画しましたが、この空間を有機的にしてくれたのはキッチンメンバーや来場した方々や芸術祭の関係者も含めてキッチンに関わってくれた皆さんです。多くの人が関わることで日々育っていったキッチンだったと思います」
キッチンの開催中、観劇に来た方や地元の方、池袋を訪れた方や観光客など、このレポートには書き切れないほど多くの方々との対話が生まれ、まちと劇場が互いに滲みあっていくように感じられました。そして、観劇体験が劇場で演目を観るだけではなく、キッチンでの観劇前後の時間も含めて演目について考えたり楽しめるものになり、日常と演劇の世界の間で表現に触れられる場所になっていったのではないかと感じました。
キッチンから東京芸術祭や演劇、文化への興味へとつながっていたら幸いです。
【東京芸術祭ひろば - トランジット キッチン 開催概要】
期間:2024年9月19日(木)〜9月29日(日) 11:30〜19:30 ※9月24日(火)、25日(水)休み
場所:東京芸術劇場 劇場前広場
言語:日本語/英語/やさしい日本語
料金:無料 ※フードは有料
アクセシビリティ:筆談ボード設置