「ロサに展望台!?」
『パフォーマンス展望室』レビュー(玄田有史)

ロサ会館屋上階には2面のテニスコートがあり、会員や予約の男女がテニスをしている。時間帯によってはフットサルコートに変身し、若者の笑い声も響く。ネットごしに、歓楽街のビルや豊島清掃工場の煙突が見える。ここは池袋。
階の左奥の突き当りにいつもはボードゲームのコーナーがあるのだが、10月21日(土)から29日(日)には、期間限定の「展望室」がオープンした(23日(月)は休み)。
池袋に遊びに来て、1階入り口に立てかけられた展望室の「のぼり」をたまたまみつけて、のぞいてみた人。豊島区内に配られたチラシをみて来た地元の人。「ロサ会館は来るけど、屋上は初めて」と多くが言った。そんな展望室に、サッカーやテニス帰りの人や芸術祭目当ての人なども含め、期間中にのべ600人以上が訪れた。
展望というので、望遠鏡はどこかと探しまわる小学生。家から望遠カメラを持ってきてしまった近所の男性。展望という言葉がちょっと気になり、訪れた人。望遠レンズも屋上広場もない展望室に、たくさんの展望が入れ替わり立ちあらわれた8日間だった。


「パフォーマンス展望室」の構想を居間 theaterからはじめて聞いたのが5月のなかば。ロサ会館で展望といわれ、正直、最初はイメージがわきかねた。それも何度か雑談を重ねるうち、だんだん面白くなってくる。
8月末の雑談の様子はPerformance View Lounge: A Conversation”のとおり。展望は遠くを眺めるだけでなく「のぼる」「たちどまる」という行為がかかわるという。希望について10年以上学んできた私にも、新鮮な気づきがあった。たしかに、あえて昇ったり、立ち止まったりする余裕がなければ、展望は簡単でない。 
「みえるようでみえない」「みえないけどみえる」。いったい展望室は、そして展望学は、どんなものだったのか。 


エレベータをおりると、目の前の受付で展望室にまつわる資料がわたされた。そのまま居間 theaterの宮武さんを案内人に展望室へと導かれる。入ると左手には大きなガラスばりの窓。五差路にあった丸井の跡地が見える。よく見ると窓に小さなヒビも入っている。 
正面には「#〇〇〇〇」と、不思議な言葉が手書きされた白い短冊が壁に。右横の「本日の展望」と書かれた黒板には、展望テーマや展望学者の名前などが並んでいる。 
意味不明な空間だが違和感はない。なぜだろう。奥の「たこせん」コーナーの匂いのせいか。展望学者を名乗る人たちが、どこにでもいそうな、にいさん、ねえさん、おじ(い)さんだからか。それとも上野動物園の映像やけったいでかわいいDENBOUの唄のせいなのか。 
試しに展望のテーマの席に加わってみた。かたい話かと思えば、そうでもない。理解できることもできないこともある。展望学者がはじめに話をした後は、誰でもなんでも話していい。展望に特に決まりもなさそうだ。黙って人の話を聴いているのもいいらしい。 
よくわからないけれど嫌じゃない無料の空間に、ただいる。考えると、最近なかったような体験のような気がしてくる。会話に触発され、たまに言いたい言葉もわいてくる。もしかして、これが展望なのか。 
一つのテーマは30分でおしまい。終わると、気になった言葉を「#」の短冊によかったら書いてみてと、やんわり促される。なるほどそういうこと。それを居間 theaterの山崎さん(チラシで空を飛んでた人)がセロテープで壁に貼っていく。  帰りぎわ「結局、展望って何」と思う。が、まんざらでない気分でエレベータをおりる。ちなみに100円のたこせんは、たしかにおいしかった。 

Photo: 冨田了平

Photo: 冨田了平

希望学者ゲンダは、展望室に在室中、展望学者ゲンダになった。展望学者ではあったが「希望」について訊かれ、いくつか話をする。希望は明治以降の新しい言葉で、時代によりうつり変わってきたこと。希望は挫折を経験した人々ほど実は持ちやすいことなど。 
社会科学者は、どんなに知識を積んでも、一つの正解を与えることはできない。与えようとするべきでもない。そもそも正解などあるかすら、疑わしい。ただ、学問を必要とする人に、なにがしかのヒントは感じてもらえるかもしれない。それは展望学者もきっと同じだ。 
 希望は、叶えたり実現したりするよりも、追い求めたり育んでいくことこそ尊い。希望学をやりながら、そんなふうに希望を感じてきた。希望は「育む」「育てる」に価値があるとすれば、展望にはどんな「〇〇する」が大切なのだろう。 
 チラシのなかで望遠鏡を覗いていた居間 theaterであり展望学者の東さんは、〇〇をやっぱり「ひらく」かもといった。同じく居間 theaterで展望学者の稲継さんは、パフォーマンスと子育ての初共演で自身の人生が転がりはじめるなか、「ころがす」を選んだ。展望室は、閉じた小さな場所だったが、風通しよくひらかれてコロコロした愉快な空間だった。 
そして私は今感じている。展望は、持てたり実行するのもいいが、なによりそれぞれ「試(こころ)みる」ことこそ尊いと。それは挑戦や取組ほど力の入ったものでなくて全然いいのだ。

どこかに展望室をみつけて、展望してみませんか。 

最終日の夕方、展望室の窓に三角の雲があらわれ、すぐ消えた(撮影:玄田有史)
玄田有史

玄田有史

1964年島根県生まれ。東京大学社会科学研究所教授。経済学博士。専門は労働経済学・希望学。主著『仕事のなかの曖昧な不安』(中央公論新社)、『希望のつくり方』(岩波新書)、『人間に格はない』(ミネルヴァ書房)、編著『希望学』(東京大学出版会)等

パフォーマンス展望室

のぼって ひろげて 望んでみよう、展望室!

構成・演出:居間 theater
相談役:玄田有史

池袋を代表する総合レジャービル・ロサ会館の最上階に、期間限定の展望室がオープンします!
パフォーマンス展望室は、人や社会の〝展望〟を探る場所です。
池袋のまちを片目に眺めながら、それぞれに、またはともに過ごすことができる体験型作品となっています。
さまざまな目的で人々が滞在し行き交う繁華街。再開発に向かう池袋西口。
そんなまちを55年に渡り見守ってきたロサ会館の中に生まれる展望室に、どうぞお越しください。

日程・会場:
2023 年10月 21日(土)~ 29日(日)  ※休室日:10月23日(月)
平日 14:00~20:00 (最終受付 19:30)
土日 10:00~18:00 (最終受付 17:30)

料金:入場無料/予約不要(飲食物等の有料販売あり)

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