親子で楽しむ『アトカル・マジカル学園』が日常と劇場を近づける——
演出家・多田淳之介​​インタビュー

親子で楽しむ東京芸術祭の人気プログラム『アトカル・マジカル学園​​』が今年も東京芸術劇場で開催されます。ここでは二つのプログラム——親と子で授業を受ける参加型イベント『かぞくアートクラブ』と、アート体験支援型託児プログラム『アートサポート児童館』を展開。毎年、ユニークな芸術体験を通して笑顔あふれる時間を生み出しています。

そんな『アトカル・マジカル学園​​』を立ち上げた演出家の多田淳之介​​さんは、「劇場や演劇という言葉を、もう少し身近なものにしたい」と語ります。2019年から始まったこのプログラムには、どのような思いが込められているのか。東京芸術祭の人材育成プログラム「東京芸術祭ファーム2022」の「ファーム編集室 アシスタントライター」に参加した関口真生​​が伺います。

(取材・執筆:関口真生 編集:船寄洋之 トップ画像:takashi fujikawa)


未来の「ワクワクする学園」が現代にタイムスリップ!?

——今年も開催される『アトカル・マジカル学園』は、どのようなきっかけで生まれたプログラムなのでしょうか。

演出家の多田淳之介​​さん

多田:2019年の「東アジア文化都市2019豊島」をきっかけに生まれたプログラムです。豊島区には「国際アート・カルチャー都市」という事業構想があり、当時僕はその一環として、子どもからお年寄りまでいろいろな世代の人たちが身近にアートを楽しめるような企画を考えていました。そこで「もし未来のアートやカルチャーを楽しむ学校が現代にタイムスリップしたら?」というストーリーが浮かんで。その想像が膨らみ、親と子が共に楽しめる“未来の学園”——『アトカル・マジカル学園』が生まれました。

——未来の学園……想像しただけでワクワクしますね。

多田:もともと豊島区が母体となり生まれた企画ですが、その後、東京芸術祭が引き継いで現在は『かぞくアートクラブ』と『アートサポート児童館』の二つのプログラムを開催しています。

——『かぞくアートクラブ』は親も子も同じチームメイトになって授業を受ける参加型プログラムで、先生はさまざまな分野で活躍するアーティストの方々が担当されます。体や手を動かしたり話し合ったり、共同作業や対話​​もあるとてもユニークな試みですが、こちらはどのような経緯で生まれたのでしょうか。

昨年の『かぞくアートクラブ』の様子

多田:僕が香川県高松市のアートディレクターをしていたとき、市の企画で滞在制作の企画公募がありました。そこにコミュニケーションデザイナー​​のYORIKOさんが『おやこ小学校』(現・『かぞくアートクラブ』)の企画で応募してくれたんですね。とても魅力的に感じて「ぜひ!」とお願いしたところ、地元の人たちがすごく喜んでくれて。その後も地元の人たちの希望によって地域に残り続けるくらい好評な企画になりました。そこで、私が豊島区で『アトカル・マジカル学園』を立ち上げるときに、 YORIKOさんに『おやこ小学校』をやってほしいと提案しました。それがきっかけとなり、その後もYORIKOさんのディレクションのもと継続的に実施しています。

——今年の『かぞくアートクラブ』は、ダンサーの柿崎麻莉子​​さん、ダンサー・振付家の岩渕貞太さ​ん、ピアニスト​​の山田剛史​​さん、美術家の牛島光太郎​​さん、YORIKOさん、そして多田さんが先生となり、身体表現や音楽、国語など幅色いジャンルの授業が繰り広げられます。

多田:このプログラムは、先生と生徒という関係はあるものの、一方的な教えがあるのではなく、親子が同級生になることが重要なポイントです。考え方を交換する立場に立つことによって、お互いの新しい一面を発見することや、親子の関係ではなかなか言えなかったことが自然と言えるようになってくる。 YORIKOさんのディレクションは人の役割を外してフラットにさせ、一人の人間として向き合い直す仕掛けが本当に素晴らしいんです。毎年、演劇や美術が参加者の新たな発見やコミュニケーションに繋がっているなと感じています。

昨年開催の「図工」ではYORIKOさん講師のもと「家族で超大作」を完成させた​​

子どもが「また行きたい!」と思う託児所体験を

——ここからは、立ち上げ当初から『アトカル・マジカル学園』に関わられているプログラム担当の阿比留ひろみさんにも参加いただき、もう一つのプログラム『アートサポート児童館』について伺います。『アートサポート児童館​​』は、子育て中の親がアート鑑賞をする間、子どもはアート体験を楽しむというアート体験支援型託児プログラム​​ですが、『かぞくアートクラブ』と同様に親と子が両方楽しめることをコンセプトにされていますよね。

多田:このプログラムが生まれたきっかけは、僕の子どもを託児に預けた時の経験なんです。子どもがまだ小さかった頃、ある劇場の託児所に預けたことがあったのですが、そこで僕の子と他の子がうまくいかなかったり、「なんか、つまんなかった」と言われたりしたことがありました。あと、託児所に子どもを預ける時って親もちょっとした罪悪感があるんですよね。自分だけ楽しんで申し訳ないっていう。

——うしろめたさというか。

多田:そんな気持ちで送り出した子が託児所でうまくいかないと、親としてはさらに複雑な気持ちになってしまいます。しかも子どもが劇場の託児所を嫌がれば、親も劇場から足が遠のくことになってしまう。それなら、子どもがまた行きたくなるような託児所を作れないかと考えました。子どもが「お父さん(あの託児所に行きたいから)また演劇を観に行ってくれないかな」と思ってもらえるような場所。それが実現すれば親も子もお互いハッピーだと思い、この企画を立ち上げました。

昨年の『アートサポート児童館』の様子 Photo:takashi fujikawa​​

——今年の『アートサポート児童館​​』も昨年に引き続き、親が芸術鑑賞をしている間に、子どもたちは好きな色や好きな素材を選んだり、自分の描いた絵を貼ったりしてオリジナルのハッピを制作し、会場周辺でミニファッションショーを開かれるそうですね。

阿比留:『アートサポート児童館​​』は保育士や幼稚園教諭の資格を持っている方たちにもご協力をいただいているのですが、「このプログラムは本当に楽しい」と毎回喜んでくださるんです。多田さんと子どもたちのやり取りを見て「あの人の一言で子どもがガラッと変わるのよね。あの人って何者?」って言われることもありますし(笑)。

多田:(笑)。

多田:いやいや、僕は子どもたちがやることで興味や関心があったことを、素直に言うようにしているだけなんです。

阿比留:多田さんは一歩引いた目でその場を見ているけれど、ふとした一言が場の空気を変えて、それを受けた子どもたちの反応が全く変わるそうなんです。『アートサポート児童館​​』は、アーティストの一言が、子どもの可能性を引き出す場にもなっていると感じています。​​

多田:子どもってとても純粋なので、大人が何かを押し付けたり思い通りにさせようとしたりすると一発で見抜かれるので、安全に嫌なことなく過ごすっていうところに最低ラインを引いていて。もしかしたら、それが何かを強制しない安心感や居心地のよさに繋がっているのかもしれません。子どもの発想とか集中力ってすごいし、僕たち大人は絶対に思いつかないものを作りはじめたりもするので、大人も毎回驚きと発見をたくさんもらっています。

完成したハッピを着て記念写真! Photo:takashi fujikawa​​

舞台芸術が身近な存在になる未来へ

——『アートサポート児童館​​』は安心して子どもを預けられるプログラムでもありますが、実際に参加された保護者からは、どのようなリアクションがありますか?

阿比留:自由に創作を楽しむお子さんをご覧になられて「子どもの新たな一面を見ることができた」というお声もいただきます。​​『アートサポート児童館​​』は学校とは全く違う評価のない空間だから、親も子も安心して楽しめる場所なのかもしれません。

多田:子どもたちはこんなに面白いことができる爆発的な才能を持っているのに、学校ではいろいろな理由でそれが発揮できない子も少なくはありません。だからこそ『アートサポート児童館​​』だけではなく、子どもたちの居場所を劇場だったりアートが担うことって大事だなと、あらためて感じています。

——いよいよ今年の『アトカル・マジカル学園』が始まりますね。

多田:少しずつコロナも落ち着いてきたので、コロナ禍は外出を控えていた親子も一緒に楽しんでもらいたいですし、毎年楽しみにしてリピートしてくれる方も増えているので、そういう方ともまた一緒に楽しい時間を過ごせたらうれしいですね。

——最後に『アトカル・マジカル学園』を通して、多田さんが思い描く未来を教えてください。

多田:親子や、まだ舞台芸術に興味がない人たちに、演劇や舞台芸術を用いてより豊かな生活を送るきっかけを生み出したいと考えています。そういう取り組みが増えれば「劇場」や「演劇」という言葉のイメージがもう少し身近なものに変わっていくんじゃないかって。例えばクラシックを聴きに行くことだけが音楽ではなく、ふと歌を口ずさむことも音楽ですよね。舞台芸術もそれくらい身近な存在になれるように、『アトカル・マジカル学園』をはじめ、今後もいろいろなことに挑戦していきたいですね。

Photo:takashi fujikawa​​

多田淳之介(ただ・じゅんのすけ)
演出家・東京デスロック主宰。1976年生まれ。古典から現代戯曲、ダンス、パフォーマンス作品など様々な作品を国内外で創作。公共劇場の芸術監督や自治体のアートディレクター、フェスティバルディレクターを歴任し、地域や教育機関での演劇やアートを活用したプログラムを数多く手掛けている。2013年日韓合作『가모메 カルメギ』にて韓国の第50回東亜演劇賞演出賞を外国人演出家として初受賞。2019年東アジア文化都市2019豊島舞台芸術部門事業ディレクターとしてアトカル・マジカル学園を企画。東京芸術祭共同ディレクター。四国学院大学、女子美術大学非常勤講師。シアターねこカンパニーアートディレクター。​​

アトカル・マジカル学園 かぞくアートクラブ

ディレクション:YORIKO

期間:10月14日(土)、15日(日)、21日(土)、22日(日)
場所:東京芸術劇場 アトリエウエスト
料金:1家族・1コマ:500 円(参加料・保険料込み)
※今年度の『かぞくアートクラブ」の受付は終了しております​​。

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アトカル・マジカル学園 アートサポート児童館​​

ディレクション:多田淳之介

期間:10月13日(金)〜10月20日(金)
場所:東京芸術劇場 アトリエウエスト
料金:500円(参加料・保険料込)


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