SPECIAL
木ノ下裕一(木ノ下歌舞伎主宰)×三浦直之(ロロ主宰) スペシャル対談【後編】
観劇は自分だけの星座を作る楽しさがある——
作り手の“挑戦”が好奇心のつながりを生み出す
前半の話を終えた二人。後編は「東京芸術祭 2023」の上演作品である木ノ下歌舞伎『勧進帳』と、ロロ『オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)』の構想や、芸術祭の魅力、アーティストの悩みについて語り合いました。
(取材・執筆;川添史子 写真・増永彩子 編集:船寄洋之)
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昔の服を脱ぎ、新しい表現を獲得する
――それでは、「東京芸術祭 2023」で上演される作品について伺います。木ノ下歌舞伎『勧進帳』は2010 年初演、2016年に再創作され、フランス・パリでも上演(「ジャポニスム2018:響きあう魂」)された代表作。兄頼朝と不仲になった源義経一行が逃れていく様を描いた、歌舞伎の中でも有名な人気演目の一つですが、木ノ下歌舞伎版は細長く真っ白な舞台を一本道である"境界/ボーダーライン"に見立て、そこに人々の立場や思いが揺れ動くさまを浮かび上がらせます。シャープでポップな演出と美術は、初演から杉原邦生さんが手がけていますね。
木ノ下:初演時は杉原さんも僕もまだ20代でしたから、勢いや思い切りの良さがある若い『勧進帳』だったと思います。2016年の再演版はテーマである"境界線"をさらに進めたリクリエーションとなりました。この再演バージョンがしっくりきたこともあり、今回はほぼこれを踏襲するつもりですが……舞台芸術は常に“今”が打ち出されるじゃないですか。現在に合わせたチューニングをすることで、自ずと現代が反映されていくと考えています。あと『勧進帳』はまだ東京では上演していないんですよ。満を持してその時を迎えられる喜びもあります。
三浦:木ノ下歌舞伎を観るたびに感じるのは、スケール感ある時間や空間が存在する「大きさ」なんですよ。僕自身、いつも「大きな作品を作りたい」と思っているので、そこにはいつも感銘を受けます。人が舞台芸術に感動したり、心を揺さぶられる瞬間って、その圧倒されるようなスケールにありますから。
――今回三浦さんが書き下ろす作品も壮大な企画になりそうです。新作『オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)』は、50名以上の登場人物が織りなす無数の物語になると伺いました。
三浦:現在50人分のプロフィールをひたすら執筆中で、“彼ら”にまつわる短いスケッチのような物語が連なる、ロロ初のオムニバスストーリーを考えています。この50人に相手役も存在しますから、総勢100人ぐらいの登場人物が次々と登場してくるイメージでしょうか。同様のコンセプトを応用、変形しながら兵庫(芸術文化観光専門職大学)、福島(いわきアリオス)、香川(四国学院大学)の学生や30歳以下の若手の皆さんと演劇を作る企画も進行中で、今回、東京芸術祭で上演する作品はそのプロジェクトの一つという位置付けです。例えば芸術文化観光専門職大学では、僕が書いたプロフィールから4人を選び、学生たちにその一代記を書いてもらい、さらにその人物4人がバスツアーをする物語を僕が書き……とコラボレートしながら演劇を作る企画が進んでいます。
木ノ下:お話を聞いていると、150人の聞き手が 150人の人々に東京生活について聞いたインタビュー集『東京の生活史』(社会学者・岸政彦監修/筑摩書房)を思い出しました。
三浦:そうそう、一人ひとりの人生や時間が積み重なっていく面白さですよね。ただ参加者のリアルな経験や思い出を投影した「当事者性から作る演劇」ではなく、せっかく僕がやるならフィクションにこだわったものにしたいと考えています。いわば“虚構の生活史”を、参加者と一緒に膨らませていく作業。自分自身、新たな発見もあるんですよ。
木ノ下:他者が書いたものを一度自分の中にインストールし、それを統括するような作劇法は興味深い試みですね。というのも、ある時期の江戸の狂言作者(作家)も、合作で作っていたんですよ。立作者と呼ばれる全体を見るリーダーがいて、チームで分担しながら作品を書き、1本にまとめ上げていたんです。そうすることで、一人の作家の脳と手では描けないスケールに到達することができるって考えたのかもしれません。
三浦:へ〜。今伺ったお話を今度、学生たちにしゃべってもいいですか?(笑)
木ノ下:どうぞ、どうぞ(笑)。
三浦:構想の原点には江國香織さんの『去年の雪』(KADOKAWA)もあって、これは幾人もの登場人物が現れ、ときに時空を超えてつながり、互いに気配を感じ合い……という小説なんです。「これを演劇でやってみたい!」って思いもあって。
木ノ下:これもまた、歌舞伎でいう「世界」と呼ばれる作劇法を彷彿とさせますね。“物語のテンプレート”のような考え方で、平家物語や曽我物語や太平記など、当時の観客に親しまれていた既成の物語をベースにし、作品を構想していく手法です。当時の狂言作者はまず「世界」を選び、そこに独自の趣向をのせていたんです。
三浦:わぁ、そうなんですね。今回こうしたフォーマットを思いついた理由の一つに、僕の中で、今まで書いてきた台詞と30代半ばの自分に齟齬が生じているような、違和感みたいなものがあるんです。自分にとって新しい文体を探す時間になれば……とも思っていて。角田光代さんのエッセイを読んでいたらこの違和感を「昔着ていた服が年齢によって合わなくなる」というような表現をされていて、まさにこれだと思いました。
木ノ下:なるほど、作家にはそういう時期があるんですね。もちろんご本人にとっては苦しいトンネルでしょうが、新しい表現を獲得する、ある意味飛躍のタイミングでもあるんでしょう。
――木ノ下さんも一人のアーティストとして、若手時代とは違う悩みや気づきを感じることはありますか?
木ノ下:これは自分よりも社会の変化ですが……世の中の風潮として、「あのジェンダーの表現はない」とか、「忠義のために子どもをあやめちゃうんだ」など、現代の感覚だけで古典を読む志向が強まっていると感じます。もちろんそうしたアンテナも大事です。でもそこだけに傾いていくと、本質的に古典を味わうことにはなりません。なぜ昔の人はこの物語に心を動かしたのか、何を託したのか、そこを慎重に読み解いていく丁寧さと、「今はダメでしょ」というバランスで古典は見ていくべきなのに、今は現代感覚で古典を避ける傾向が実に強い。古典を断罪していくような風潮です。共感や普遍性ばかりが重要視され、「わからない=よくない」に直結してしまうのは、実にもったいないことだし、古典に対して失礼ですよね。
観劇サポートは作り手のトレーニングにもなる
――劇団の代表作をアップデートする公演、新しい手法への挑戦、どちらもとても楽しみです。観客として、あるいは参加者として、東京芸術祭の魅力についても伺えますでしょうか。
木ノ下:いろいろな作品が集結する芸術祭って、背表紙だけでは手に取らなかった作家の文章も読めてしまえる、アンソロジーの本を読む感覚、偶然性を楽しめる魅力がありますよね。
三浦:確かに、学生時代や若手時代に足を運んだ「フェスティバル/トーキョー(F/T)」(2021年に東京芸術祭実行委員会と統合)は僕にとって、前衛的な舞台や海外作品に触れる貴重な機会となっていました。作り手としての芸術祭は、劇団だとできない挑戦がもらえる場でもありますし。
木ノ下:アーティストにとって単純なお祭り騒ぎで終わらせない新たな経験、ターニングポイントになりうる機会ですよね。今回は木ノ下歌舞伎も通常より長めの公演期間をいただきました。これも“挑戦”です。
――東京芸術祭は、これまで障害がある方や日本語がわからない方が舞台芸術を楽しめる、鑑賞サポートを実施してきました。「ポータブル字幕機」「ヒアリングループ(受信機提供)」「リアルタイム音声ガイド」など、木ノ下歌舞伎は近年、観劇サポートにも力を入れています。
木ノ下:僕にとって観劇サポートは自分の中でホットなトピックでして、考えることが今楽しいんです。字幕タブレットって、単純に文字が出ればいいものではなくて、例えば大きい声の時は文字サイズも大きくなったり、歌のシーンは文字の形や色が変わるなど、ある工夫が必要じゃないですか。実はそこを考えるのも、僕がいつもやっている「翻訳作業」に近いんです。だれかになにかを伝えようと努力することや、わかりにくいことをわかるように伝えることなど、古典を通してやってきたことととても似ています。音声ガイドについても同様で、例えば俳優が無表情で立っている場面があったとして、観客が自分の目で見る場合は、悲しい表情なのか、嬉しい表情なのか、細かく説明しなくても成立しますよね。でも音声ガイドだと「悲しそうな顔をしています」など、もう一歩解釈に踏み込んで表現しないと伝わりにくいんです。ここを考えることは作り手側のトレーニングにもなりますし、あらためて自分の作品を咀嚼するような、それはそれは刺激的な時間なんです。スキルアップにつながり、しかも今まで劇場に足を運べなかったお客様とつながる。いいことずくめですよね。
――お話を聞いていると、観劇サポートが非常にクリエイティブな領域だと感じます。
木ノ下:最近は初心者向けの番組を見ながら少しずつ手話も勉強していて、「自己紹介だけでも出来るようになろう!」って気持ちも芽生えていて。「いろんな人に観に来てほしい姿勢」を示し続けることが大事じゃないですか。でも実際は、作・演出家が新作を作りながら鑑賞サポートのことまでフォローするのは、物理的・時間的に非常に厳しいところ。木ノ下歌舞伎も以前は台本のお貸し出しぐらいしかできていませんでしたし、こうした試みができるのが、公共とタッグを組む魅力の一つです。
三浦:いや、素晴らしいです。やはりコロナ禍以降、劇場が持つ力をはじめ、いろいろなことを考える機会が増えましたからね。
木ノ下 コロナでわれわれ演劇人の意識は大きく変化しましたよね。実はそれ以前から、外に出るのが難しい、劇場に足を運べなかった方はいたはずですよね。コロナ以前に自分が想定していたお客さんの範囲がいかに狭かったかを痛感し、反省しています。そう考えると、改めてコロナが教えてくれたことは大きいです。
三浦:演劇配信の習慣も広がった今、お客さんたちとどういった客席を作れるか/作りたいかについて考ることが大事だと、近年僕も強く感じ始めています。今日は幅広いトピックについてお話をさせていただき、大いに刺激をいただきました。ありがとうございます。
木ノ下:こちらこそ、ありがとうございました。三浦さんとの意外な共通項も発見する、楽しい時間でした。また本の話もしましょう!(笑)
木ノ下裕一(きのした・ゆういち)
木ノ下歌舞伎主宰。1985年和歌山市生まれ。2006年、京都造形芸術大学在学中に古典演目上演の補綴・監修を自らが行う木ノ下歌舞伎を旗揚げ。代表作に『三人吉三』『娘道成寺』『義経千本桜―渡海屋・大物浦―』など。2016年に上演した『勧進帳』の成果に対して、平成28年度文化庁芸術祭新人賞を受賞。第38回(令和元年度)京都府文化賞奨励賞受賞。令和2年度京都市芸術新人賞受賞。平成29年度京都市芸術文化特別奨励制度奨励者。渋谷・コクーン歌舞伎『切られの与三』(2018)の補綴を務めるなど、古典芸能に関する執筆、講座など多岐にわたって活動中。
三浦直之(みうら・なおゆき)
ロロ 主宰。宮城県出身。劇作家/演出家。2009年、主宰としてロロを旗揚げ。「家族」や「恋人」など既存の関係性を問い直し、異質な存在の「ボーイ・ミーツ・ガール=出会い」を描く作品をつくり続けている。古今東西のポップカルチャーを無数に引用しながらつくり出される世界は破天荒ながらもエモーショナルであり、演劇ファンのみならずジャンルを超えて老若男女から支持されている。ドラマ脚本提供、MV監督、ワークショップ講師など演劇の枠にとらわれず幅広く活動。2019年脚本を担当したNHKよるドラ『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』で第16回コンフィデンスアワード・ドラマ賞脚本賞を受賞。
芸劇オータムセレクション
東京芸術劇場 Presents 木ノ下歌舞伎『勧進帳』
監修・補綴:木ノ下裕一
演出・美術:杉原邦生[KUNIO]
出演:リー5世、坂口涼太郎、高山のえみ、岡野康弘、亀島一徳、重岡 漠、大柿友哉
スウィング:佐藤俊彦、大知
日程:9月1日(金)〜24日(日)
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
料金:(全席自由・入場整理番号付・税込)
【一般】5,500 円
【早割】4,500円(9月1日(金)~3日(日)公演限定、前売りのみ)
【スウィング俳優出演回】(9月13日(水)・18日(月・祝)公演限定)4,000 円
【65歳以上】5,000 円 【25歳以下】3,500 円 【高校生以下】1,000 円 【ペア割】10,000 円
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直轄プログラム FTレーベル
ロロ 『オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)』
テキスト・演出:三浦直之(ロロ)
出演:⼤場みなみ、北尾 亘(Baobab)、⽥中美希恵、端⽥新菜(ままごと)、福原 冠(範宙遊泳)、松本 亮
日程:10月7日(土)〜15日(日)
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
料金:(全席自由・入場整理番号付・税込)
【一般】4,000円
【25歳以下】2,000円(枚数限定)
【高校生以下】無料(枚数限定)
*高校生以下チケットは劇団サイトでのみ取り扱い
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