木ノ下裕一(木ノ下歌舞伎主宰)×三浦直之(ロロ主宰) スペシャル対談【前編】

観劇は自分だけの星座を作る楽しさがある——
作り手の“挑戦”が好奇心のつながりを生み出す




芸術祭はさまざまな世界への入り口です。未知なる舞台芸術に出会ったとき、あなたの心にはどんな変化が生まれるでしょう? 初めての場所に一歩足を踏み出すような、ワクワクとした感情が湧き上がりませんか?

ここでは、「東京芸術祭 2023」で開催される木ノ下歌舞伎『勧進帳』と、ロロ『オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)』をフィーチャー。歌舞伎を現代にアップデートする木ノ下裕一さん(木ノ下歌舞伎主宰)は、知恵の詰まった時間が重なる古典作品を「人間を生きやすくしてくれる“お薬”」と表現します。また、さまざまなカルチャーをサンプリングし、エモーショナルな世界を立ち上げる三浦直之さん(ロロ主宰)は、舞台の楽しさを「いろんなものが混ざり合ったり、超えて結ばれていく、観客が自分の星座を作る感覚」と教えてくれました。

芸術祭での作品上演が“挑戦”と言うお二人の対談。舞台の魅力、新作の構想、インスピレーションを受けた本から創作の苦労まで、多岐にわたる対話となりました。知らなかった扉を勢いよくパッと開けば、あなたの好奇心も無限に広がっていくはず。

(取材・執筆;川添史子 写真・増永彩子 編集:船寄洋之)


好きなものをガソリンに作品を生み出す




――歌舞伎作品を現代に更新する木ノ下歌舞伎が、京都を拠点に活動をスタートしたのが2006年。古今東西のポップカルチャーをサンプリングするロロ結成が2009年。作風も方向性も違いますが、活動開始時期も近く、お二人は同年代でいらっしゃいますね。

木ノ下:僕は1985年生まれで……三浦さんは?

三浦:1987年です。

木ノ下:たった二つ違いなんですね!

――初対面のご記憶はありますか?

三浦:「東京芸術祭 2023」で木ノ下歌舞伎さんが再演する『勧進帳』は、ロロのメンバーである⻲島(一徳)が初演からずっと参加しているんです。そのご縁で舞台を観に行ったのが最初だと思いますね。

木ノ下:僕もそう記憶しています。『勧進帳』は 2010年初演ですから、もう13年も前なんですね。

三浦:確かその翌年、ロロの京都公演(KYOTO EXPERIMENT 2011 フリンジ“GroundP☆” 参加作品『夏も』)でもお会いしましたよね?

木ノ下:そうだ! ふらっと劇場に遊びに行って、一緒にお蕎麦を食べました(笑)。左京区あたりを一緒に歩いて……懐かしい。木ノ下歌舞伎は2010年から京都と横浜を拠点に活動し始め、ロロと同じ(横浜・日ノ出町の)急な坂スタジオが稽古場だったんですよ。喫煙所に行くと、この世の終わりみたいな顔をした三浦さんをよく見かけて(笑)。

三浦:あ〜大概、稽古が始まるとその顔です(笑)。

三浦直之さん(ロロ主宰)

木ノ下:「何かあったら話聞くで」というエールを、遠くから送っていました。

三浦:あはは、木ノ下さんは本当に優しいんですよ。すれ違うと必ず声を掛けてくれて、気持ちが救われます。そんな温和な印象しかないのに、木ノ下歌舞伎で扱う作品は心中ものとか(近松門左衛門『心中天の網島』)、上演時間5〜6時間の全幕上演とか(鶴屋南北『東海道四谷怪談』や河竹黙阿弥『三人吉三』)、せめた企画が多くてびっくりします。ご本人のキャラクターとのギャップが大きくて。

木ノ下:そうなんかな(笑)。でも僕自身の仕事としては監修や補綴(戯曲の再編集作業)が主で、作品ごとに演出家が変わりますから。常にちょっと引いた目線があって、演出家が悩んでいる時に「どうしました?」と言う役割。だから喫煙所で見かける三浦さんも他人事じゃなくて……。

――“演出家サポートモード”のスイッチが入るんですね。

木ノ下:そう、「助けたい!」みたいな気持ちになってしまうんです(笑)。三浦さんは一つひとつの作品に入魂するタイプじゃないですか。人生と引き換えに舞台を作っている気配が本人と作品双方から感じられて、その姿勢、いつも尊敬しています。

木ノ下裕一さん(木ノ下歌舞伎主宰)

三浦:ありがとうございます。そういえば僕、木ノ下さんに近松門左衛門『心中天網島』のレクチャーをしてもらったことがありましたよね。近松が書いた言葉には幾重ものイメージが織り込まれている話、めちゃくちゃ面白かったんですよ。僕は読書が趣味だから、木ノ下さんの読みの鮮やかさと深さ、語りのうまさにグイグイひきこまれてしまいました。

木ノ下:いえいえ、三浦さんが打てば響く方だからこそですよ。

三浦:そうだ、以前、僕が多和田葉子さんの本を読んでいるのを見て、「三浦さんも好きなの?」と盛り上がったの覚えていますか? 僕の中では木ノ下さんが解説してくれた近松の面白さと、言葉の意味がスルッと解体したり、変容していく多和田さんの魅力は、どこか通じるものがありました。

木ノ下:(多和田さんの最新刊『白鶴亮翅』(朝日新聞出版)を手元から取り出し)……ちょうど今日も手元に持っています(笑)。

三浦:あ、僕も同じ本、買いました!(笑)

木ノ下:お互い本好きなんですよね。こうやって共通項や接点を考えていくと、僕なら歌舞伎、三浦さんなら本や漫画や音楽といったポップカルチャーと、お互いに好きなものをガソリンにしながら創作していく傾向はありますよね。

三浦:でも僕は木ノ下さんほど「深く潜っていく」ことはできなくて、どちらかというと手当たり次第に「広げていく」タイプかも。いろんな作品をエネルギーにしながらクリエイションがスタートするというか、小説や漫画に感動して「これをやってみたい!」と感じるのが初期衝動になることが多いんです。そういう意味では “何かを好きになる能力”は高いのかもしれませんが。

木ノ下:そうそう、“好きになる能力”ってありますよね。

木ノ下:例えば三浦さんは、好きな作品に対して「自分ならこうやるのに」といった、ある種の批評精神や不満から創作意欲がわいてくること、ありますか?

三浦:どちらかというと、作品からもらったインスピレーションを「これを演劇でやると、どうなるかな?」と考えることが多いですかね。演劇になる時点で、全く違う表現方法になりますから。

木ノ下:なるほど! 媒体が違えば同じようにはできないですものね。僕の場合は歌舞伎から感動を受けると同時に、その古典が初演された時を想像するんです。台本を読み込んで「江戸の人々は、こういうワクワクを感じたのではないか」を想像し、「初演と同じような質感の上演」を現代にスライドしたいと思う。そうした時に、台詞を現代口語に直したりと、何かしらの“翻訳”が必要になってくるじゃないですか。ここに創作意欲が燃えるわけですね。

三浦:初期衝動としては、江戸時代に生きていた人の視点を重ねて観る/読むってことですね。

木ノ下:三浦さんもさまざまな表現から受けた刺激を演劇に変換する際、“純粋な読者”とはまた違う視点と往還しながら作品をつくっているんじゃないかな。僕はね、「紹介者」の感覚が強いんですよ。いろんな人に「日本の古典はヤバいですよ、面白いんですよ」と伝えたいし、演出家に対しても「近松門左衛門ってイイ作家がいて、あなたと気が合うと思う」と引き合わせる気持ちがあるんです。

古典に触れると、人間が生きやすくなる




――観客にとって「芸術祭」は新しいアーティストを知る場であり、アーティストにとっては、まだ演劇を観たことがない人たちとの出会いの場にもなりえます。改めて表現者として、演劇の魅力、あるいはそうした初心者へのアプローチについてどう考えますか?

三浦:僕は宮城出身で、大学に入るまでほとんど演劇を観た経験がなかったんです。たまたま演劇を学ぶ大学に入ってしまっただけで(笑)。でも同級生は演劇をやりたい奴らばかりじゃないですか。「これだと友達が一人もできないんじゃないか」と慌てて演劇雑誌のバックナンバーを読みまくって、紹介されている小劇場での作品を片っ端から観にいったんです。そうしたら、すごく面白かった。10代から親しんできた小説や漫画や映画と同じような感動がそこにあったんです。

――それまで親しんできたカルチャーと地続きで楽しめたんですね。

三浦:そうなんです。だけど地元に帰って友達としゃべっていると、マニアックな作家や作品の固有名詞は飛び交うのに、演劇の話題は一切出てこない。僕がいつも意識しているのは、その仲間たちに向けて作る感覚なんですね。「どうしたら彼らが演劇に出会ってくれるかな」「ちゃんと彼らが演劇に感動するような瞬間が生み出せているかな」と客観的な視点があるんです。

木ノ下:確かに三浦さんの作品からは、お客さんを一人も排除しない感じが伝わってきます。そして常に初心者を意識することは、とても大事なポイントですよね。

――木ノ下歌舞伎は無料の当日パンフレットも充実の内容ですし、もっと知りたい方にはさらに詳しい読み物もある。初心者にも見巧者にも作品を楽しませる“あの手この手”が用意されていますね。

木ノ下:歌舞伎を毎月ご覧になるような客さんにも、「この解釈は思いつかなかった」「この作品にはこんなテーマがあったんだ」と新たな発見を楽しんでもらいたいと同時に、「近松門左衛門って誰ですか?」という方もすくいとらないと意味がないと思っています。でも、両方を並走させるのは大変なんです。だから、演劇が届いていない人たちについて考え続ける三浦さんのお考えには大いに共感します。三浦さんは、新しい観客に作品が届いた時に、どういうことが起こってほしいと考えていますか?

三浦:自分自身が、いろんなものが混ざり合ったり、超えて結ばれていく……みたいなことが好きなんです。だから、そうした効果が「観客の中で起こるといいな」とは考えていますかね。

木ノ下:あ〜なるほど。三浦さんの中で近松と多和田葉子がつながったようにね。

三浦:そうです、そうです。観客が自分の星座を作っていく楽しさというか、そういうこと全部込みで舞台芸術の醍醐味だと思うから。そのきっかけを生み出す手助けをしているような気持ちなんでしょうね。例えば「これは今まで読んだことがない小説だ!」と思う作品に出会うと、「関連したジャンルも読んでみたいな」とか「南米文学なんてものがあるのか!」なんて(笑)、好奇心がどんどん広がっていくじゃないですか。演劇のお客さんにも、世界が広がっていく楽しさを味わってほしいんです。

木ノ下:自分の星座を作る楽しさ……ステキな考えですね。

――木ノ下さんは古典の「効能」や「楽しさ」をどう考えていますか?

木ノ下:僕は古典を届けることが、だれかを生きやすくするためのお手伝いになると思っているんです。まず古典には「共感できる」面白さがあるじゃないですか。例えば『竹取物語』でかぐや姫が抱える「なぜ結婚しなくてはいけないのか」って悩みは、現代でも多くの人が直面する問いですよね。時空を超えて同じ悩みを持つ人物がいることに、勇気づけられる方もいるでしょう。「自分だけじゃないんだ、わかる、わかる」という楽しさですよね。と同時に、時代も人生観も死生観も何もかも違う古典の世界に触れ、「なるほど、そういうふうに物事を捉えることも可能なのか」と発見する、「未知なものと出会う」面白さもありますよね。これは、今いる世界に窮屈さを感じる方にとっては新しい視点になり得る。「それでもいいんだ」と思えるような、一種の救いになる可能性も秘めています。振り返ってみれば自分はそうやって古典に救われてきたし、この「共感」と「未知」が、人間を生きやすくしてくれる“お薬”のような効果をもたらすと考えていますね。


▷【後編】につづく

木ノ下裕一(きのした・ゆういち)
木ノ下歌舞伎主宰。1985年和歌山市生まれ。2006年、京都造形芸術大学在学中に古典演目上演の補綴・監修を自らが行う木ノ下歌舞伎を旗揚げ。代表作に『三人吉三』『娘道成寺』『義経千本桜―渡海屋・大物浦―』など。2016年に上演した『勧進帳』の成果に対して、平成28年度文化庁芸術祭新人賞を受賞。第38回(令和元年度)京都府文化賞奨励賞受賞。令和2年度京都市芸術新人賞受賞。平成29年度京都市芸術文化特別奨励制度奨励者。渋谷・コクーン歌舞伎『切られの与三』(2018)の補綴を務めるなど、古典芸能に関する執筆、講座など多岐にわたって活動中。

三浦直之(みうら・なおゆき)
ロロ主宰。宮城県出身。劇作家/演出家。2009年、主宰としてロロを旗揚げ。「家族」や「恋人」など既存の関係性を問い直し、異質な存在の「ボーイ・ミーツ・ガール=出会い」を描く作品をつくり続けている。古今東西のポップカルチャーを無数に引用しながらつくり出される世界は破天荒ながらもエモーショナルであり、演劇ファンのみならずジャンルを超えて老若男女から支持されている。ドラマ脚本提供、MV監督、ワークショップ講師など演劇の枠にとらわれず幅広く活動。2019年脚本を担当したNHKよるドラ『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』で第16回コンフィデンスアワード・ドラマ賞脚本賞を受賞。

芸劇オータムセレクション
東京芸術劇場 Presents 木ノ下歌舞伎『勧進帳』

監修・補綴:木ノ下裕一
演出・美術:杉原邦生[KUNIO]
出演:リー5世、坂口涼太郎、高山のえみ、岡野康弘、亀島一徳、重岡 漠、大柿友哉
スウィング:佐藤俊彦、大知

日程:9月1日(金)〜24日(日)
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
料金:(全席自由・入場整理番号付・税込)
【一般】5,500 円 
【早割】4,500円(9月1日(金)~3日(日)公演限定、前売りのみ)
【スウィング俳優出演回】(9月13日(水)・18日(月・祝)公演限定)4,000 円
【65歳以上】5,000 円 【25歳以下】3,500 円 【高校生以下】1,000 円 【ペア割】10,000 円

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直轄プログラム FTレーベル
ロロ 『オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)』

テキスト・演出:三浦直之(ロロ)
出演:⼤場みなみ、北尾 亘(Baobab)、⽥中美希恵、端⽥新菜(ままごと)、福原 冠(範宙遊泳)、松本 亮

日程:10月7日(土)〜15日(日)
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
料金:(全席自由・入場整理番号付・税込)
【一般】4,000円
【25歳以下】2,000円(枚数限定)
【高校生以下】無料(枚数限定)
*高校生以下チケットは劇団サイトでのみ取り扱い

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