野外劇『嵐が丘』小野寺修二×片桐はいり スペシャル対談【後編】

池袋に吹き荒れる英国荒野の風 そこに現れるのはただのラブストーリーではない




2022年東京芸術祭のメインプログラムである野外劇『嵐が丘』は、「一連の『自然』のあり方が『嵐が丘』の物語と重なる」と話すカンパニーデラシネラ主宰の小野寺修二さんが演出を務める。タッグを組むのは、10年来の親交がある役者片桐はいりさん。

前編ではおふたりの関係性と、『嵐が丘』の物語性についてお話しいただいた。続く後編では、野外公演という滅多にない公演環境に対する期待と、「小野寺劇場」的『嵐が丘』の演出、観劇の楽しみについて話を伺う。


【前編】はこちら



外で公演する。統制なき「池袋」の屋外で表現しきる

――通常の室内公演と異なり、今回はイレギュラーな野外公演です。おふたりにとっての楽しみや期待されることはありますか。

小野寺:すごくスリリングなんだろうなあと思いますね。舞台のすぐ横で、物語と全く関係ない日常が続いているわけですから。ただそれを味方につけるのはすごく難しいので、それを想像しながら自分の足りなさを知るみたいなことなんでしょうけれども。精一杯やるしかないでしょうね。

――予定不調和であることを受け入れて、ただ尽力するに尽きると。

小野寺:それでいて、はいりさんをはじめ、参加してくださるみなさんにも楽しんでもらえたらいいのかなって。守られていない環境での舞台活動なんて普段味わえない分、いい刺激になるといいかなとも思います。お客さんにとっても「演劇ってこういうもの」という固定概念にとらわれずに、通りがかりでなんとなく観て「こんなのあるんだ!」と知っていただけたら嬉しいですし、僕たち自身、それまでこうした表現にあまり触れてこなかった新しい方々と出会いたいのもすごくあるので。実際、偶然近くに来て「あれ片桐はいりがいる?」ってところから「これなんか面白いな!」ってなったら夢のようじゃないですか。それが屋外でやる醍醐味なので。どこまで実現できるかわからないですけど楽しみにしています。

片桐:そもそも私、自分がなにをしたいかって考えたら、歩いている人を驚かしたり、変な顔のメイクをしてただ座って映画館のもぎりをしたりして、それが楽しくて、楽しくてしょうがなくて。それが、私の演劇をやる原点だと思うんですよね。


――日常に潜む、ちょっとした違和感のような。

片桐:もちろんチケットをちゃんと買って着席してみてくださっている方に対してきっちりやりましょうと思いますけれども、たまたま近くを通った人に気に留めていただきたい欲望というか。通りがかりの人が「ん?」と二度見するようなことが、演劇に対する全てのエネルギーの源泉だと思うので。だからもしかしたら今回の舞台は、原点に還れってことなのかもしれないと思っています。ゼロからもう一度やれって。

――原点に還る。

片桐:そもそもここ(上演の舞台となるGLOBAL RING THEATREや東京芸術劇場)ができる以前、公園だった時に、この場所に長らく住まれていた方々を前におしゃれな演劇をやったんですけれども。そこにいた、本当にいろんな方々が無秩序に観劇されていたり、野次をとばしたり、設営テントの中に入ってこられたり、そもそも入場料どうなってるんだみたいなことがあったりしまして。でも、それでもなんかみなさん楽しんでらっしゃった。なんかその時の記憶があって。その感じです。だから実はこれから小野寺さんにはプレゼンしようと思うんですが、私はこの屋外空間に住んでる人にさせてもらえないかなって。そうしたら、ここに住む人の気持ちで参加できるんじゃないかと思うんですよね。


目指すは蜃気楼のように立ち現れて消えゆく舞台。

それは事実か、フィクションか。




――プレ稽古では、物語の登場人物ひとりを演じるにあたって複数のキャストが配役されていました。話せる範囲で構いませんが、そういった「仕掛け」のようなものが今回あるのでしょうか。

小野寺:宮城聰さんの演出に、「ムーバー」と「スピーカー」という「二人一役」のスタイルがありますが、そういうことも頭に置きながら喋る人と動く人が別にいてもいいんじゃないかということや、物語のはじめから最後まで同じ役を同じ役者が演じなくてもいいんじゃないかということは考えています。それから、舞台の外にいた人が急に喋りかけてくるとか、公演の間、はいりさんが外部の人と永遠に喋っているだけとか(笑)。舞台におけるルールのようなものすらも逸脱するのが「自然」なんじゃないかとちょっと思っているんです。作り込むほどに人工的なものになってしまうから、どうやったら作り込まないでいられるのか。けれどもちゃんとフィックスさせるにはどうしたらいいのかって、常に疑いを持ち続けることの繰り返しです。

――とりつくしまがないというか、狐につままれたような舞台になりそうです。

小野寺:なんだろうな、本当にあったことなのかどうなのかみたいなことが面白いのかなと。この公演自体もぱっと始まって、ぱっと終わるみたいな。終わったらもう何も跡形がなくなっちゃって、いつもの広場に戻る、みたいにしたいなと思っています。いろんな可能性のあるレイヤーが作れたらいいなというのはすごくありますね。はいりさんに限って言えば、さきほども話題にあがりましたけれども、物語が進行している外側のなんだかわからない人をやってほしいみたいなのがすごくあります。真ん中もできる人だし。みなさん真ん中で見たいと思われるでしょうけれども。


――どうなるんでしょう。今、小野寺さんが頭の中にあることがどのような形で現実になるのか。楽しみです。

小野寺:演劇って自分が思いつかないような考え方だったり、「こういうこともありえるんだな」ということを体感する場所だったりするんですよ。だから視覚的にいろんなものが見えたり、セリフを通じてなにかを聞いたりすることで、自分の内にある偏見や考えみたいなものに対して触れるものがある。そこで考え直すきっかけになるかもしれない、と僕は思うんですよね。実際に人が動いて進行するものなので本を読むのともまた違って、ものすごく、なんて言うか、頭ではなく受け止めるというか。自分ができているかはちょっと置いておきますけれども(笑)。でも、そんな気がするのでぜひ観ていただいて、その距離感でなにか感じてもらえるといいですね。

片桐:小野寺さんの演劇ってお子さんが観ても楽しいじゃないですか。「うわっ」ていう面白さ。それに、小野寺さんが選ばれるものって「ああ、なるほど」ってならないところが面白いと言うか。野外劇とか演劇というものではなく小野寺さんのはパフォーマンスだもんね。その意味では観て楽しいものだと思う。私、やっぱりあんまりセリフに興味ないから。

小野寺:いやいや、ほんまかいな(笑)。

片桐:映画とかでもなんかちょっとした仕草で「うわ」って泣いちゃったりするから。セリフがうまいとかあんまり思ったことないですね。だからそれを考えると、動きって重要ですし、その空間でちゃんと(人と人が)一緒になって空気が動いて伝わるわけだから。セリフで伝わるものよりも、もっと同じ空気で吸うものがあるんだと思います。


(写真:増永彩子 取材:船寄洋之 文:小泉悠莉亜)


小野寺修二(おのでら・しゅうじ)
演出家。カンパニーデラシネラ主宰。日本マイム研究所にてマイムを学ぶ。1995年〜2006年パフォーマンスシアター水と油にて活動。その後文化庁新進芸術家海外研修制度研修員として1年間フランスに滞在。帰国後カンパニーデラシネラを立ち上げる。マイムの動きをベースにした独自の演出で注目を集めている。主な演出作品として、現代能楽集Ⅸ『竹取』(2018年/シアタートラム他)、『国際共同制作 TOGE』(2021年/神奈川芸術劇場)、『ふしぎの国のアリス』(2017年、22年/新国立劇場他)など。また野外劇や学校巡回公演など、劇場内にとどまらないパフォーマンスにも積極的に取り組んでいる。音楽劇や演劇で振付も手がけ、第18回読売演劇大賞最優秀スタッフ賞を受賞。2015年度文化庁文化交流使。2021年NHK大河ドラマ『青天を衝け』にて、北大路欣也扮する徳川家康周辺の振付を担当。


片桐はいり(かたぎり・はいり)
俳優。1963年生まれ、東京都出身。大学在学中に映画館のもぎりのアルバイトをしながら、劇団で舞台デビュー。その後、CM、映画、テレビドラマと幅広く活躍。主な出演作品は『未練の幽霊と怪物―「挫波」「敦賀」―』(2021年/作・演出:岡田利規)、『あの大鴉、さえも』(16年/作:竹内銃一郎 演出: 小野寺修二)、『キレイ~神様と待ち合わせした女』(05年/演出・脚本:松尾 スズキ)、『オイル』(03年/演出・脚本:野田秀樹)、舞台&映画『小野寺の弟、小野寺の姉』(13、14年)、映画『私をくいとめて』(20年)、『かもめ食堂』(06年)、ドラマ『ちむどんどん』(22年)、『あまちゃん』(13年)、『すいか』(03年)ほか多数。執筆も行っており、著書『わたしのマトカ』『グアテマラの弟』(幻冬舎)。映画愛に溢れたエッセイ『もぎりよ今夜も有難う』(キネマ旬報社)は、第82回キネマ旬報ベスト・テン読者賞を受賞。


野外劇『嵐が丘』

作:エミリー・ブロンテ  演出:小野寺修二
訳:小野寺健「嵐が丘(上)(下)」/光文社古典新訳文庫
出 演:王下貴司、久保佳絵、斉藤 悠、崎山莉奈、菅波琴音、竹内 蓮、丹野武蔵
鄭 亜美、辻田 暁、富岡晃一郎、中村早香、西山斗真、塙 睦美、宮下今日子
片桐はいり

期間:10月17日(月)〜26日(水) ※10月24日(月)休演
場所:GLOBAL RING THEATRE(池袋西口公園野外劇場)
チケット発売日 9月10日(土)午前10:00〜
料金:全席自由席(税込)・ファーストエリア 500円・エンドエリア 100円

プログラム詳細:https://tokyo-festival.jp/2022/program/arashigaoka