OPEN FARM
(Process Report)
Farm-Lab Exhibition『unversed smash』稽古場レポート
多様でデリケートな身体が集い、紡ぎ出す「新しいスポーツ」
(取材・文:住吉智恵)
東京芸術祭ファームのプログラムのひとつである「Farm-Lab Exhibition」は、トランスカルチャーを背景に、国際コラボレーション作品の可能性を拓き、国際的なステージでの上演を目指して創作トライアルを行う人材育成プログラムだ。
多様なバックグラウンドを持つメンバーが相互に刺激し合い、これまでの経験とは違った創作方法やコミュニケーションに挑戦する。また観客からのフィードバックを通じて、作品やアーティスト自身が「ひとりではたどり着けない場所へ」ステップアップすることを目指す。
本年度は、アジア全域から公募によってプログラムの参加者を決定した。フィリピンからネス・ロケ (APAF2020 Lab 参加者)と、日本から敷地理(APAF2018 アートキャンプ参加者、APAF2019 Exhibition 美術)が、ディレクションチームとして共同で演出を担当。アジアを拠点に活動する若手アーティスト4名と演出助手1名が公募で選抜され、参加者全員で協働しながらクリエーションを進めていく。またアドバイザーとして劇作家・演出家の松田正隆(マレビトの会)がディレクションチームの創作をサポートする。
本プログラムの参加者たちは7月下旬よりオンラインにてクリエイションを開始し、10月から東京に集まり1カ月間の滞在制作を行ってきた。その成果発表として、10月29日から31日まで、東京芸術劇場のアトリエでワークインプログレスを一般公開する。終演後に観客からフィードバックを受け、作品をさらにブラッシュアップしていくという進行形の創作プロセスにも注目したい。
作品のタイトルは『unversed smash』。「新しいスポーツをつくる」をテーマにパフォーマンスを展開する。人々が他者とのコミュニケーションを立ち上げ、親密さをつくり出す媒介としてきた事象の発展系ともいえるスポーツを、ここでは「ステイトメントのないパフォーマンス」と捉える。参加アーティストたちは異なる言語的・政治的・文化的コンテクストや違った視点を持ちながら、自他の垣根を越えて、動き・音・イメージなどの非言語的な交換「ラリー」を行う。さらにパフォーマンスを通じて、観客を含む他者を認め、その場にしかない関係性を立ち上げることを試みる。
9月までのオンラインミーティングの段階では、このコンセプトに関しての各自のプレゼンテーションが行われた。10月からの滞在制作では、リアルな稽古場でそれらを空間化、パフォーマンス化するプロセスに移った。
その滞在制作中のある日、稽古場のスタジオ(水天宮ピット)を訪問し、クリエイションの一端を見学した。まず驚いたのがその充実した創作環境である。英語・日本語が堪能でない参加者やスタッフも多いため、多文化・多言語をまたいだ共同制作を円滑に行うことを目的に、稽古場やミーティングには原則として日英通訳が入る。 また、コミュニケーションデザインチームと制作チームが、多文化・多言語間のクリエイションやコミュニケーションのサポート、レクチャー、ルール作り、相談、対応を随時行うという手厚い体制。これほど大勢のスタッフに見守られた演劇やダンスの稽古場を見ることは珍しく(蜷川組とか商業演劇は別として)、これからの時代のアーティストの創作環境に対する意識が変化しつつある兆しが感じられた。
「過程を重視する」という本プロジェクトの指針に従い、当日のリハーサルはワークショップを中心としたもので、まずは丁寧なコミュニケーションから作品創作に着手しようとする意図が共有されていた。
前半は、スポーツにまつわるさまざまなキーワードを書き出して、各自の関心のある概念を抽出し、マッピングするワークショップ。それぞれの参加者が選んだカードをもとにディスカッションを行いながら、「新しいスポーツ」のルールを手探りで作り上げていく。
後半は一転してフィジカルなワークショップが行われた。目を閉じて横たわったメンバーの身体に対峙し、他のメンバーがコンタクトインプロヴィゼーションによって慎重に介入していく。コロナ禍の状況でもあり当然のことながら、リラックスした雰囲気のなかにも緊張感が走り、互いの距離感を測りかねているメンバーもいたように思う。
これら全てのプロセスの終始にわたって、ディレクションチームが参加者たちに伝えようとしていたことは「多様な身体性を尊重すること」だ。脆弱な身体、奇妙な身体表現、違和感のある行為、そういったものすべてに等しく価値を見いだそうとする本作のコンセプトがことあるごとに共有されていた。また、ジェンダーや社会的位置づけ、文化的背景の異なる人同士のコミュニケーションが創作の鍵を握ることは、アジア全域にルーツを持つ顔ぶれからも明らかだ。コ・ディレクターの2人もまた、同じ1つの作品のビジョンを共有しながらも、異なるバックグラウンドとコンセプトを持ち寄り、違うアプローチで創作に取り組んでいる。
なかでも後半、無防備な状態で横たわる他者の身体に対して「初めて人間の身体に触れるかのようにデリケートに」というディレクター 敷地理の指示は心に残った。それはあらゆるパフォーマンス表現の心得である以上に、グローバル化と高度テクノロジーにより「鈍感力」を増した現代社会において、きわめて重要な原則であるからだ。リアルな接触の境界意識はもちろんのこと、SNSなどネット上のコンタクトにおいても「初めて他者の領域に触れる」意識はますます重要とされる。このような稽古場でのディレクションが、成果発表の場で、鑑賞者を間接的に触発することもあり得るのではないか。
来たる本番では、パフォーマーは2つの場所(アトリエウエスト/アトリエイースト)を行き来してパフォーマンスを行うこととなる。いっぽう観客は全編をアトリエウエストで観る。2つの空間はそれぞれスタジアムのバックヤードとフィールドに設定され、観客はバックヤードで行われているパフォーマンスの中継映像を観たり、フィールドで行われるパフォーマー4名とサウンドデザイナーによるパフォーマンスを観るという構成だ。
パフォーマンスの終了後、観客からスマートフォンでフィードバックを受けるセッションの時間が設けられている。全3公演の期間中、そこで俎上に挙がった事項をふまえて、作品をブラッシュアップしアップデートしていく。匿名で書き込むことが可能で、他の人が書いたフィードバックも見ることができるシステムとのことだから、ここでは異文化圏から訪れたパフォーマーたちの表現領域に「初めて触れる」態度が観客に対しても求められる。
世界では異なる概念や思想を持つ人間同士が共存し、対立する時代、このプログラムは発展途上ではあるが、さまざまな段階で身体表現の現場に集った当事者・非当事者が互いに触発しあう、刺激的な機会になるだろう。
住吉智恵
アート・プロデューサー、ライター、Real Tokyoディレクター
Farm-Lab Exhibition 成果発表(ワークインプログレス) 『unversed smash』
日程:10月29日(金)~10月31日(日)
場所:東京芸術劇場 アトリエウエスト
Farm-Lab Exhibitionは、トランスカルチャーを背景に国際コラボレーション作品の可能性を拓き、今後、東京芸術祭や国際的なステージでの上演を目指し、創作トライアルを行う人材育成プログラムです。様々なバックグラウンドを持つメンバーが相互に刺激し合い、これまでの経験とは違った創作方法やコミュニケーションへのトライ、また観客からのフィードバックを通じて、作品やアーティスト自身のステップアップを目指します。