「東京芸術祭2020」閉幕にあたって
〜新型コロナ共生時代における新たな舞台芸術の鍵は、「息の詰まらないデジタル化社会」の探求〜

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東京芸術祭実行委員会が、2020年9月30日(水)より61日間にわたり開催してきた「東京芸術祭2020」は、2020年11月29日(日)閉幕いたしました。今年は、徹底した新型コロナウイルス感染症拡大防止に取り組み、通常公演のみならずオンライン配信やVRを取り入れた公演など、全39の舞台芸術のプログラムを展開しました。リスクをミニマムにしつつ人と人が出会うという大きな課題のもと、「どうやって出会う!」を今年のテーマに掲げ、舞台芸術がこれからも在るために、多様な実施形態を通じ新たな舞台芸術のあり方を検証しました。安心安全に配慮し、劇場やデジタルプラットフォームなど様々な手法で開催し、通常公演における来場者・参加者数約29,000名、オンライン公演約13,000リーチ(※1)となり、たくさんのお客様にお楽しみいただきました(※2)。

未曾有の事態に遭遇し開催も危ぶまれた中、プランニングチームがそれぞれの専門性を活かし、文字通りチーム一丸となり議論を重ね、アーティストやスタッフの力を借りて舞台芸術の新たな可能性や拡張性を探り開発する機会、そしてそれらを通してお客様をはじめ様々な出会いを得られたことが、フェスティバルとして未来へつながる一歩と成し得たと、大きな感謝をもって受け止めております。

今後も、誰にでも開かれ、多様な人々の居場所として東京の魅力の一端を担い続けるべく尽力してまいります。

ご参加いただき、誠にありがとうございました。

※1:オンライン公演に関するリーチ数は、視聴者数・視聴再生回数・オンラインアクセス数を積算した数値。
※2:本公表数値は、2020年11月29日(日)23時59分時点における暫定数値です。

■ 東京芸術祭総合ディレクター 宮城聰 コメント

「どうやって出会う」と「DX」 宮城 聰

この秋の感染拡大をつぶさに見ながら、僕は「人の出会い方には大別して2つのパターンが有る」ということを感じていました。それをここでは「狩猟民型」と「農耕民型」と呼ばせてください。

狩猟民型の出会いは、自分の肉体を相手の真正面に置いて向かい合い、まずお互いが敵ではないことを確認するためにスキンシップをし、それから、お互いの意見が異なっているという前提で発言し合い、合意点を探してゆく、というものです。

いっぽう農耕民型は、自分の肉体を、相手の肉体の横に並べて相手と同じ方向を見て、お互いのゴール(目的地)はだいたい同じだという前提の上で、相手との呼吸を合わせてゆく、というやりかたです。つまり農作業のやりかたですね。

言うまでもなく、前者を取る人々の割合が多い国では感染は激しく拡大し、後者が多い社会では感染拡大は比較的ゆっくりでした。

前者の出会い方は「お互いを高め合う」ことを理想とし、後者の出会い方は、いわば「合体」によってハイパワーを発揮することを理想としていると思います。

もし生身の人間を介在させることを「アナログ」と呼ぶとするなら、狩猟民型の出会いの多い社会では、「デジタル」に乗り換えることで圧倒的に作業効率が上がります。(それは駅や郵便局の有人窓口を見てもわかることで、客と窓口担当者が狩猟民型で出会ってしまうと、すごく時間がかかります。)そうした国々が、日本と比べて早めにデジタル化に取り組もうと考えたのはもっともです。いっぽう日本は、生身の人手を介在させても、客と「ゴールが同じ」という前提があるのでAIとそんなには変わらない対応ができてしまう。でもそれがリモートワークには大きな弱点になってしまった。

逆に言えば、デジタル化をぐいっと進める上での一般市民の抵抗感は、農耕民型社会のほうがずっと少ないだろうとも思います。ここに日本のノビシロがあることは間違いありません。

ただ、ここでひとつ気をつけなければいけないことがあるように思います。

もし農耕民型の国でデジタル化がぐいっと進んで、「相手が自分に呼吸を合わせてくれる」ことがAIによって社会の様々な局面で高度に可能になってゆくとすると、呼吸の合わない他者、違和感のある他者、自分たちと「合体」できない他者が、「いてはいけないもの」になっていくかもしれません。

この手の社会って、SFによく出てきますが、ひどく息が詰まりますよね。そしてそのミニチュア版はコロナ禍によってすでに身近なところに出現しているように思えます。

じゃあデジタル化が進んでも息が詰まらない社会、を、農耕民型の日本でどうやってつくってゆくか──。

ここで舞台芸術の出番だ、と、僕などは考えるわけです。

舞台芸術は「たったひとりでは形にできない」という特徴を持っています。複数の人間が(ほぼ)同じゴールを目指して協働し、みんなで一緒に初日を迎えます。仲間と「合体」して、びっくりするほどのパワーが発揮されます。つまり、かなりの程度、農耕民的な作業です。とすると、この作業は、本来、デジタルとは極めて相性がいいはずですよね。生身の人間がやっていた仕事をひとつひとつ検証してゆけば、ここもデジタル化できるぞ、こっちもだ、と、かなりDXを進められるのではないかと思います。

しかしどれだけデジタル化を進めても、舞台芸術においては、「違和感のある他者を排除しよう」という考えは出てきません。

なぜなら、舞台芸術家は、「自分という他者」への違和感、を創造の源泉としているからです。

僕は、ほんとうは人間だれしも、自分に対して「違和感」を抱いている、と思っています。(例えば自分の「老い」を自然に受け入れられる人は少ないと思います。)そして芸術を見ることで人は、自分が抱いている「自分自身への違和感」という始末に負えないもの、自分に違和感を抱いてしまうことへの恐怖、との和解を(つかの間でも)感じられるのだと思います。

舞台芸術家になるような人というのは、この「自分への違和感」から目をそらすことができなくなってしまった人間たちです。だからこそ、創作のプロセスをとことんまでデジタル化したとしても、「自分と合体できないもうひとりの自分」を消すことはできないのです。そのため舞台芸術は常に、「自分以外の他者にどうやって居場所をつくるか」という大テーマを内包しているわけです。

もし2020年が「舞台芸術のDX元年」と呼ばれるようになるなら、それは「息の詰まらないデジタル化社会」を探求する壮大な実験の序章でもあるはずです。

■ 東京芸術祭プランニングチーム コメント

フィジカルにたくさんの人が集まることが難しい状況において、観客や参加者の身体性をどのように考えるか。今年の課題は、今後のプログラムのあり方の可能性をひらいてくれました。
VRでの鑑賞体験や自宅で書いた原稿を専用ポストに投函する参加型プログラム。いつもなら顔を合わせて進める、学生を対象としたプログラムもオンラインとリアルをまぜ、国際交流は完全にオンラインで。
かたちを変えられることは強みだと再認識できました。

河合千佳(かわい・ちか)
フェスティバル / トーキョー 共同ディレクター

 

楽しんでもらえた?何を感じてもらえた?出会ってもらえた?
お客さんの反応を肌で感じられた喜びと、配信画面の先に(またはそのまた先に)いる方々の反応を感じられない不安とが同時に あります。もっともっと出会いに行きたい気持ちが強くなっています。どんなことができるのか、スタートを切ったばかりです。
(12/18特別公演「としま能の会」もお見逃しなく。)

杉田隼人(すぎた・はやと)
としま国際アート・カルチャー都市発信プログラム ディレクター

 

今年のAPAFは「Anti Body Experiment」というテーマのもと、アジアのメンバーたちが2ヶ月にわたってオンラインでの作品作りやアートキャンプを行いました。オンラインならではの出会いや、画面を介した舞台芸術体験の提示、そしてどんな状況でも、作り手も観客も共に前を向くことの意義を感じられるプログラムとなりました。

多田淳之介(ただ・じゅんのすけ)
APAFディレクター

 

今年は海外から大型作品2本を招く予定でしたが、かわりに今年芸劇が一緒に仕事をするはずだった世界の大物芸術監督が同時に一堂に会するという、オンラインでしか実現できないバネルディスを敢行!
海外演出家を招いての「真夏の夜の夢」は演出家が来日後もホテル隔離のため稽古の大半をZOOMで行うも、素晴らしい舞台成果となりました。タニノクロウ「ダークマスター」はVRで、これから世界のどこででも、いつでも上演できることでしょう。
「To Meet or Not to Meet?」の問に「Meet by all means」と応えた芸劇オータムセレクションでした。

内藤美奈子(ないとう・みなこ)
芸劇オータムセレクション ディレクター

 

出会いの機会を絶やさないために、この状況に適合するかたちを模索して芸術祭を無事開催できたこと、とてもよかったと思っています。
F/Tは「想像力どこへ行く?」のテーマで、劇場作品、オンライン配信、単独で楽しめるまち歩きなど多様な形態のプログラムを実施しました。実際に足を運ぶこと、出会うことの価値を再認識すると同時に、オンラインでのコミュニケーションにも手応えを感じました。

長島 確(ながしま・かく)
フェスティバル / トーキョー ディレクター

 

東京芸術祭イコールあうるすぽっと秋のラインナップ2020、1本も欠けずに走り抜きました。お客様には本当にご来場いただきありがとうございました、と、感謝の気持ちで一杯です。そして、私たちは責任を持って、ご来場に値する舞台をお届けしなくてはいけないのだ、と、強く思いました。

根本晴美(ねもと・はるみ)
としま国際アート・カルチャー都市発信プログラム  ディレクター

 

今年私が担当したシンポジウム「今、なぜ舞台芸術が必要なのか」、トーク#1「2030年以降、東京だからこそ可能な場とは」、トーク#2「今、舞台芸術にどう関わり続けるのか」はのべ2,200人以上の方にご視聴いただきました(11月18日時点)。
今、多くの方に響くテーマだったのだと思います。これらのトークを含め、「コロナ後」を見据えて【シリーズ・持続可能な舞台芸術の環境をつくる】という枠組みを立ち上げ、これを東京芸術祭が担うべき機能の一つとして位置付けることができたのは重要な成果でした。

横山義志(よこやま・よしじ)
東京芸術祭国際事業 ディレクター

東京芸術祭 2020 開催概要

名称:東京芸術祭2020
会期:2020(令和2)年9月30日(水)~11月29日(日)
会場:東京芸術劇場、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)、GLOBAL RING THEATRE(池袋西口公園野外劇場)、東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)ほか 池袋周辺エリア
実施プログラム数:全39プログラム(通常公演20プログラム、オンライン公演25プログラム、うち通常公演+オンライン公演同時開催 6プログラム)※3
参加者数:通常公演における来場者・参加者数約29,000名、オンライン配信約13,000リーチ
主催:東京芸術祭実行委員会[豊島区、公益財団法人としま未来文化財団、フェスティバル/トーキョー実行委員会、公益財団法人東京都歴史文化財団(東京芸術劇場・アーツカウンシル東京)]

※3:各プログラム詳細につきましては、東京芸術祭2020公式サイト内プログラムページ(https://tokyo-festival.jp/2020/program/)よりご参照ください。

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