オンラインでどうコミュニケーションする?
「APAF」に見る、“制限”を乗り越えていく次世代アーティストたちの姿 後編

APAF Exhibition公演 Photo: Kazuyuki Matsumoto

舞台芸術に関わるアジアの18~35歳を対象にした育成プログラム「APAF(エーパフ)」は、昨年に引き続き、国際コラボレーション作品をクリエーションする「Exhibition」、約2ヶ月にわたるアートキャンプ「Lab」、日本を拠点に活動する20代までの舞台芸術の人材を対象としたスタディグループ「Young Farmers Camp」という3種類のプログラムを実施した。その模様は、「Open Farm」というサイトに随時アップされるプロセス公開レポートによって知ることができる。

「作品の発表」はするものの、それを最終目標とはせず、そこに至る話し合いなどの「過程」をフィーチャーしているのが本プログラムの大きな特徴だ。さらに、2020年版の大きな特徴として挙げられるのが、「オンラインコンテンツのパフォーミングアーツ化」の模索だった。APAFディレクター・多田淳之介は、今年度のテーマである「Anti-Body Experiment」について、以下のようにアナウンスしている。

ただパフォーミングアーツのオンラインコンテンツ化はあくまで今を耐えるための擬似体験であって、本来私たちがやるべきはオンラインでも体験できるパフォーミングアーツ作品や、オンラインだから発見のあるコミュニケーションの発明、つまりオンラインコンテンツのパフォーミングアーツ化です。
APAF2020テーマ「Anti-Body Experiment」より)

一瞬、新型コロナウイルスの流行があったからオンライン上演という「代替案」を採った、と誤解しがちだが、上記の言葉を含む文章全体を丁寧に読めば、APAF2020はコロナがあろうとなかろうとオンラインでの上演を前提としていたこと、 パフォーミングアーツのオンラインコンテンツ化、すなわち「劇場で見られない代わりにオンラインで」という、ある意味“ありがちな”発想とは真逆のところからスタートしていることが分かる。彼らがやろうとしていたのは、擬似体験ではないオンライン上演、「オンラインだからこそ可能になるパフォーミングアーツ」だったのだ。

そもそものコンセプト&コロナによって、日々のコミュニケーションやクリエーション、作品発表に至るまで全てをオンラインで実施する前提で集まった(リアルには集まっていないが)参加者たちは、「Zoom」や「miro」「slack」といったオンラインツールを駆使するなどし、当初の課題をクリアしつつ、同時にこの不測の事態をポジティブなものへと転換すべく知恵を絞った。そうした苦労が実を結び、2020年10月22~25日にオンライン配信+劇場公演(於:東京芸術劇場シアターイースト)の組み合わせで実施したAPAF Exhibitionの上演『フレ フレ Ostrich!! Hayupang Die-Bow-Ken!』は好評をもって迎えられた。

APAFを取り上げるコラムの後編となる本稿では、Open Farmにアップされた観客から作品へのフィードバック(感想と質問)と、プログラム参加者からのその返答を紹介する。

APAF Lab最終プレゼンテーション Photo: Kazuyuki Matsumoto

劇場とオンラインの狭間で

『フレ フレ Ostrich!! Hayupang Die-Bow-Ken!』では、毎回上演後にその場で観客からの質問や感想などのフィードバックを受けることで、翌日以降の上演のブラッシュアップに繋げていくという形をとった。このフィードバックセッションは、アーティストの成長の機会であることはもちろん、観客同士のシェアリングの機会、作品と観客の新たな関係作りのトライアルという側面もあった。

Open Farmにアップされた「APAF Exhibition公演に寄せられた質問に回答します!」というレポート記事には、たくさんの意見の中から抜粋した12の感想及び質問と、それに対する返答が掲載されている。

具体的に作品の内容に触れた「作品について」(Q1〜3)は直接ページを見ていただくとして、ここでは、オンラインを駆使したクリエイションに関する「創作過程について」(Q4〜8)と、オンライン配信&劇場公演を同時に行ったことに関する「オンラインとオフラインについて」(Q9〜12)にフォーカスしたい。

まず、「創作過程について」。

Q7:この作品をまとめる上で一番苦労したことは何ですか?

という質問に対して、回答者のAokidは、このように回答している。

チーム全員に情報が渡りきっていないとも言える中で劇場入りをした感じがありました。
劇場入り後に優先しておこなったのは、観客そして僕たち発表チーム側(!?)にも共通してわかるように、作品の骨格や流れを作ることでした。もし劇場上演のみであればスムーズに一本の骨格を通せるはずが、オンラインと劇場とを繋いでみてやっとイメージを持つことができ、作品の骨格を作ることができました。

この問答を読む限り、やはり実際に集まれなかったことで、情報の共有という部分での不完全感は否めなかったようだ。また、当初はオンラインのみでの上演を予定していたが、途中から劇場での同時上演が決まり、いわば「違う2つのレイヤーの観客を前提にした1本の作品」を実現するための苦労も少なくなかったに違いない。一方、同氏の「すべてに100%というのが難しい中での全力作業でした」という言葉からは、手探り状態ながらも、チームがベストを尽くしたという矜持も伝わってくる。

リアルとバーチャルが融合したパフォーマンスの「これから」

『フレ フレ Ostrich!! Hayupang Die-Bow-Ken!』は、観客がオンライン配信か劇場公演か、見る形式を選べるというのが大きな特徴だが、「観客の作品参加」という側面においてもユニークなスタイルをとっていた。

オンライン配信と劇場公演がある場合、普通イメージするのは「オンライン=不参加(現場にいないゆえに、物理的に参加しようがない)」「劇場公演=参加」という形だろう。しかし、この公演においては、これが逆さまになる。つまり、配信を見る観客はオンライン上で作品に参加することを、逆に劇場で生で見る観客は黙って(ある意味、普通に舞台を鑑賞するように)作品を鑑賞することを要求される。この逆転は、観客をどのように揺さぶったのだろうか。

Q9:オンラインの観客・劇場の観客とで、選べること・参加できることがそれぞれの特性によって設けられていて、媒体が違う参加者が集まる場とはいえ、平等性を感じました。そのことについてはディスカッションはされたのでしょうか?

この質問に対して、回答者の額田大志は、配信と劇場公演における、根本的な「体験の質の違い」を指摘する。チームは、鑑賞環境に応じた演出プランを度々議論し、「同じ戯曲を異なる演出プランで上演するようなイメージ」で取り組んだ。その結果として、「参加型のオンライン、傍観型の劇場と、明確に差別化することにな」ったそうだ。そして、その際に心がけたのが「参加が強制されたり苦痛に感じることなく、むしろ豊かな体験になるようなファシリテーション」だという。面白かったのが、同氏の以下の発言だ。

正直、ギリギリまで心配でした。けれど、オンラインで自宅などから参加すると、劇場にいるときよりも周囲の目が気にならないことや、世界中の人々が同じようにオンラインで参加することによる高揚感や、Zoomで参加するという特別感も感じられ、結果的にはうまくいったのかなと思いました。

これなどは、オンライン上演であることがプラスに働いた、非常にポジティブな事例の1つだろう。余談だが、このエピソードから筆者は、コロナ禍に行ったとある取材で、大学で授業を受け持つ方から似たような話を聞いたことを思い出した。普段はあまり積極的に発言しない学生たちが、オンライン授業にしたことで、チャットなどを利用する形で積極的に意見を発するようになり、むしろ普段より充実した内容になったというのだ。こうした意外な発見は、作品鑑賞に限らず、今後多様な場に活用の可能性があるように思える。

コミュニケーションを制限された環境下での芸術、あるいはそれを介した新たな関係性構築のためのさまざまな試みが実った今年のAPAF。リアルとバーチャルが融合したパフォーマンス形式の「これから」を考える上で、このプログラムのプロセスを記録した公開レポートは今後貴重な資料となるに違いない。

興味を持たれた方は、舞台芸術のこれからを担うアジアの8名が、文化や国籍を超えて集まり、新たな価値観を養うことで自身の活動の「根」を広げていくためのアートキャンプ「APAF Lab」【Lab】プレゼンテーションを終えて、撒かれた「種」から「根」を広げる」などもあわせて読んでいただきたい。

 

文:辻本力(ライター・編集者)

※引用元:APAF2020テーマ「Anti-Body Experiment」、
Open Farm(プロセス公開)「APAF Exhibition公演に寄せられた質問に回答します!、
【Lab】プレゼンテーションを終えて、撒かれた「種」から「根」を広げる」

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