「東京芸術祭」は、演劇などの舞台芸術を中心としたフェスティバルだが、公演“だけ”をやっているわけではない。
例えば、今回前・後編で紹介する「APAF(エーパフ)」は、舞台芸術に関わるアジアの18~35歳を対象にした育成プログラムで、最後に作品の発表という形で「結果」は出すものの、むしろそこに至る話し合いなどの「過程」を見せることの方にウェイトを置いているのが特徴だ。
当初は作品の上演が中心だったが、2018年に「東京デスロック」主宰、当時埼玉の「富士見市民文化会館キラリふじみ」芸術監督だった多田淳之介がディレクターに就任して以降、作品をアウトプットすることを目的にするのではなく、メンバーがこの機会に自分の活動と向き合い視野を広げることへ挑戦するプログラムになった。
こうした「現在」のみならず、「これから」にも目を向けた教育的/非興行的な試みができるのも、公的な文化事業の大きな利点の1つだろう。
たった1年間で激変した、人と人との距離
APAFは、昨年に引き続き、国際コラボレーション作品をクリエーションする「Exhibition」、約2ヶ月にわたるオンラインアートキャンプ「Lab」、日本を拠点に活動する20代までの舞台芸術の人材を対象としたスタディグループ「Young Farmers Camp」という3種類のプログラムを実施した。その模様は、「Open Farm」というサイトに随時アップされるプロセス公開レポートによって知ることができる。
とりあえず、試しに以下の2つのリンクを開いてみて欲しい。
https://tokyo-festival.jp/2019/column/1570/
https://medium.com/apaf-tokyo
前者は昨年の模様をまとめたもの、後者は今年の「Open Farm」だ。
もうパッと見で違う。ぜんぜん違う。何が違うって、人と人との物理的な距離だ。前者を今の視点で見たら、「うわ、近!」となるに違いない。1年前は平和だったなぁ、と痛感せざるを得ない。
この違いは、言うまでもなく新型コロナウイルスの影響による。本来なら、日本国内外から参加者が集まり、さまざまなディスカッションを重ねていくプロジェクトなわけだが、2020年度はやむなく場所をオンライン上に移し、作品発表は劇場公演とネット配信の2つのパターンで臨むことになった。
オンライン・コミュニケーションは、制限か? チャンスか?
期間中に随時アップされてきたプロセス公開レポート「Open Farm」を順に見ていくと、そこにはオンライン上でコミュニケーションすることの利点や弱点、物理的距離があるゆえの葛藤、あるいはさまざまな“制限”が意外な発想や発見をもたらす様子などが垣間見れ、興味深い。
例えば、参加メンバー8名からなる「APAF Lab」の顔合わせ(Zoom)での一幕。ファシリテーターのJKアニコチェ(フィリピン)によるアイスブレイク(会議や研修を始める前に、参加者の緊張をほぐすために行われる、自己紹介を兼ねた簡単なゲームのようなもの)は、「各自、自宅からオンラインで参加」という“制限”を、遊び心でポジティブなものに変換する視点が素晴らしかった。
JKアニコチェの「Bring me……(〇〇を持ってきてください)」の掛け声にあわせ、それぞれが靴や、お気に入りのものを持ち寄ります。
家族との思い出の品や、一緒に暮しているネコなど、個人的な品や生活感が感じられるものが登場するのはオンライン開催ならではのことでした。
また、劇作家・演出家、俳優、ダンサー、劇場職員などさまざまな職種のメンバーが日本各地から集まった「Young Farmers Camp」の顔合わせでは、「劇団ままごと」主宰の柴幸男から
「オンライン上で1人1日ずつ非公開で活動のフィードバックをしませんか? 写真でも歌でもいいです。YFCで集まっている時間以外になにをしているのかが見えるとディスカッションがやりやすくなるのでは」
(「【YFC】9/10 日本各地から集結!Young Farmers Camp開始」より)
という提案があったそうだ。
通常なら、場所・時間を共有することで、自然と相手のことを知ることができる。また、それなりに長い時間一緒にいれば、自ずとその人の「素」の部分だって垣間見れるはずだ。だが、時間と視界を限定するオンラインでは、どうしてもその「相手を知る」という部分が弱くなる。それを補い、なんならそれがプラスに作用するためにはどうしたらいいか? そうした視点から生み出される数々のアイデアは、舞台芸術の現場に限らず、さまざまなシチュエーションで応用が可能だと思う。
一方で、「【Lab】リサーチを深めていく ~プレゼンに向けて~」などを読むと、日が進むにつれて徐々にメンバーたちの「オンライン疲れ」も見え始め、たまたま同様の気分に陥っていた筆者は「ああ、分かる……」とPCに向かって首を振ったのだった。
なおAPAFでは、APAF Exhibitionの上演として、10月22~25日にかけて『フレ フレ Ostrich!! Hayupang Die-Bow-Ken!』をオンライン配信+劇場上演(於:東京芸術劇場シアターイースト)の組み合わせで実施し、好評を博した。本コラムの後編では、その模様と共に、これから「Open Farm」にアップされるという、観客から寄せられたたくさんのフィードバックへの返答を紹介したい。
(後編に続く)
文:辻本力(ライター・編集者)
※引用元:東京芸術祭2019「これからのアーティストが育つ場として ──APAF-アジア舞台芸術人材育成部門レポート」
Open Farm(プロセス公開)「【Lab】8/20 Lab Kickoff !!」、「【YFC】9/10 日本各地から集結!Young Farmers Camp開始」、「【Lab】リサーチを深めていく ~プレゼンに向けて~」