東京芸術祭ファーム<The City & The City:Mapping from Home >レポート(前編)

虫、正体不明のモノ、犬の散歩、植物……?
内なる「ホーム」から出発し、新/再発見される都市の顔

                                      (文:ジョイス・ラム)

「The City & The City: Mapping from Home 」(以下、TCTC )は、東南アジアにおける舞台芸術のプラットフォーム、バンコク国際舞台芸術ミーティング(BIPAM)と、東京芸術祭が共同で取り組むオンラインプロジェクト。東京とバンコクの2都市からそれぞれ3名のアーティストやリサーチャーを公募し、2021年7月より3カ月間、都市を再発⾒するためのリサーチと交流が行われてきた。今回のテーマは「Mapping from Home」、自分の住む家の中から出発し、通りへ、地域へ、都市へと視野を広げていく中で、個人のアイデンティティがどのように地理的、社会的文脈と連なっているかを探り出すことを目指している。

開催は今年で2年目。東京からは迫竜樹とラナ・トラン、リリー・シュウ(LILY SHU)、バンコクチームはアチッタポン・ピアーンスックプラサート(ニックネーム:フィーム)、ティップスダー・ライマトゥラポン(フーリー)、ピッチャーパー・ワンプラサートクン(ナムウン)、計6名のアーティスト・リサーチャーが参加している。本レポートは、8月19日に行われた全体ミーティングで共有されたリサーチと制作の進捗を伝える。

隔週で行われるバンコクチームとの共同ミーティングの様子 Photo:冨田了平

東京とバンコクチームとの共同ミーティングは、隔週で、オンラインを使って行われた。メンバーはそれぞれのリサーチと制作の進捗を画面共有したり複数人の参加者が同時に使用可能なオンラインホワイトボード「Jamboard」などのツールを活用して、気になったことをリアルタイムで書き込んでいった。

この日はまずバンコクチームのメンバーの発表が行われた。家族と喧嘩して一人暮らしをしているナムウンさんは、未知の地へ旅に出かけるように、まちで出会った人に道を聞きながら実家まで辿り着こうとするパフォーマンスを計画している。今の家と実家までの道はナムウン本人もわからないので、初めて出会った人もきっとわからないだろう。しかし、二つの「家」の間に存在する、マーケットやまちのモニュメントなどは、新しい指標として立ち上がる。そこまでの道なら教えてもらえるかもしれない。これらの指標に基づいた、実家に帰るための新しい地図を作りながら、そこに辿り着く可能性を検証する。

ナムウンさんの制作プロセスより ©︎Pitchapa

「いい家」と「悪い家」の定義を探っているフィームさんは、環境的、政治的な視点からリサーチを開始した。たとえば、水漏れする家は一般的に「いい家」だと思えないが、水との距離感が近くなった結果、住む人は自然の一部だと感じることができるかもしれないので、視点を変えて「いい家」になりうるのではないか、という例を挙げた。また、政治などのコントロールがきかない、外部の世界から隔離してもらえる安全なスペースは「いい家」になるのか、について議論した。具体的に進めている内容としては、家に侵入してくる虫を取り上げながら、物理空間としての「家」と心理的な意味での「家」の関係性、その格差をテーマにし、リサーチを深めたいと話した。

フィームさんの制作プロセスより ©️Achitaphon Piansukprasert

フーリーさんは父、母、姉と一緒に暮らしているが、それぞれの持ち物や、話す内容によって、実は家の中にあるそれぞれの部屋は独立のコミュニティとして成立しているのではないかと考えている。たとえば、姉との会話は全ての部屋で行われているが、部屋によって会話の内容が違ったりする。その特徴をオンラインで展開する試みとして、フーリーさんはコミュニティーを形成するためのホームページを立ち上げた。

フーリーさんの制作プロセスより

東京チームのメンバーも、それぞれの進捗を共有した。

迫竜樹さんはコロナ禍の中で引っ越したため、今住んでいるまちのことは実際にはそれほど知らないと話し始めた。まちを知るために近隣を観察したり、ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』を参考にしたりしている。そんななか、一緒に生活している弟と周辺環境に対する関わり方の差から、「距離感」をひとつのキーワードにしてリサーチを進めているという。最近は、電車など少し離れた場所から見た、他人の家のベランダなどに見えるが、判別できないモノのスケッチを描いている。そのモノが実際に何なのかを調べて明らかにするより、スケッチを描いて想像してみる。わからないものに対して想像を働かせて補う試みだ。
ほかのメンバーからは、迫さんが侵入者として怪しまれるのではないかという心配のコメントもあったが、スケッチする行為は一体どこまで侵入なのか、想像はどこまで現実とコネクトできるのか、などの議論へ展開した。また、バンコクではベランダから外の人と目が合ってしまうとお互いにそらすことは一般的だが、扉を開けっ放しにする習慣があることなど、お互いの国の習慣も共有した。迫さんのプロジェクトは、そこに存在するオブジェの輪郭、家の中と外との境界線、そして隣人との関係性、さまざまな曖昧さについて考えさせられた。

迫さんの制作プロセスより

カナダで生まれて、ベトナムにルーツを持つラナ・トランさんはプロジェクトを始めた際に、「移住してきた場所に『ホーム』は作り出せるのか」という疑問からリサーチをスタートさせた。自身の家族の歴史を調べながら、今年飼い始めた犬のペッパーの視点から、今住んでいるまちを観察することにした。ペッパーと一緒に散歩しているなか、ペッパーが好きな休憩の場所や、怖いと思う場所、犬が行けない場所など、毎日同じルートを歩いていることによって、少しずつ犬の視点から自分のまちを認識できるようになったという。
これは、個人的な記憶やそれぞれの認知の仕方に基づいて、場所をいかに想像できるのかという「カルチュラル・マッピング」のアプローチとも呼応している。「カルチュラル・マッピング」とは、植民地となった場所の先住民が、入植者が作成した地図に反対するリアクションとして、アートなどさまざまな手法を使用した複数の視点を表現するマッピングの方法だ。さらに、人間ではない視点が、果たして人間にとってどのような意味を持っているのかを考えさせられる。「a city」ではなく、主語を「自分」に変えて「my city」にするためにどうすればいいかを模索したいという。展示に向けて、GoProでペッパーと一緒に散歩する様子を撮影し、まとめることにした。ラナさんは個人の時間だけではなく、先人から現在までという長い時代の中に流れている文脈の中で、リサーチが進んでいる。

ラナさんの制作プロセスより

最後に、現在東京を拠点に活動している、中国出身のリリー・シュウ(LILY SHU)さんには、今までさまざまな国で展開した写真シリーズがある。しかし、撮影場所を表示しないように、写真には言葉や記号は入れずに編集を行い、コラージュしている。これと近い方法を用いて、TCTCでは「ステイホーム」の状態によって人間は動物よりも植物的な状態になっていると感じることから、近所の植物の写真を撮り始めた。場所性がないように、クローズアップで撮影し始めたが、季節によってやはりさまざまな種類の植物があることが観察できて、植物を通してまちを再発見していると話した。また、アジア圏で異なる特徴を持った植物にも関心があるので、バンコクにいるメンバーにも写真を送ってもらったりして連携を取りながら、参加型のプロジェクトとして実施したいと話した。
非人間的なものはどのように社会の構造に存在しているのかという出発点から、「母国」など自分が帰属すべきグループは何なのか、「他者」はどのようなものなのかなどの問いを立てながら、日本に住む外国人として「ホーム」という言葉のイデオロギーを考えていきたいという。

リリーさんの制作プロセスより ©️LILY SHU

都市を理解するためにまずはそれぞれの「ホーム」から出発し、都市の全体像が浮き上がるようにマッピングしていく。TCTCは、この3カ月、それぞれの「ホーム」はどのような特徴を持っているのか、「ホーム」はどのように定義できるのかについてディスカッションを重ねた。東京では緊急事態宣言がたびたび延長され、バンコクの状況も好転せずロックダウンが続いているが、定期的に海外にいる人と集まることは、実際にその都市に暮らしている生の声を聞き、身近の問題として理解する貴重な機会だ。バンコクのロックダウンの大変さは容易に想像できるが、タイにいる一人ひとりは実際にどのように感じているのか、日常生活にどのような影響があるのか、を具体的に共有できた。また、バンコクの道は整備されていないところも多いから犬を散歩する習慣がなく、そもそも日常生活の中に散歩するという概念もないという、とても些細な違いも見られたが、コロナの状況からそれぞれの都市が抱えている問題があらわになり、文化的な違いの解像度が上がったのではないかと感じた。

制作とリサーチは自分にとって何が大事なのか、なぜそのことに興味を持っているのかという自問自答のプロセスだ。さらに、異なる文化圏との交流は、相手を鏡として自分のアイデンティティをより客観的・対照的に見ることができる手段のひとつである。東京とバンコクの2都市を繋いだこのプロジェクトは、パンデミックに生きる私たちが「ホーム」というそれぞれの内面を深く見つめ直す機会となっており、そこには自分たちを取り巻く都市環境まで視点を広げていくためのヒントがたくさん潜んでいる。それぞれのまなざしが都市の可能性を広げてくれるはずだ。迫さん、ラナさん、リリーさんをはじめ、バンコクチームが提案する都市の視点を、今から楽しみにている。

「The City & The City: Mapping from Home」では、3か月にわたるリサーチと交流を経て、9⽉17⽇(⾦)から最終成果プレゼンテーションを行います。
当初は東京チームとバンコクチームがそれぞれ現地で展示を行う予定でしたが、バンコクがロックダウンの影響で完全デジタル開催となったため、東京チームの展示会場(豊島区のターナーギャラリー)にバンコクチームの作品も一部組み込んでいます。完全デジタルとなったバンコクの展示はインターネットからアクセスできます。

詳細はこちらから
https://tokyo-festival.jp/program/tctc

ジョイス・ラム

香港生まれ。東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻在籍。ドキュメンタリー映像やレクチャーパフォーマンスの制作を通して「家族の定義」を捉え直す。主な作品に『家族に関する考察のトリロジー』『新異家族』『食火』がある。編集者としても活動している。担当した作品集は片山真理『GIFT』、武田鉄平『PAINTINGS OF PAINTING』、Chim↑Pom『We Don't Know God: Chim↑Pom 2005-2019』(以上、ユナイテッドヴァガボンズ)など。ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)日本語・経済学科卒業。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。