Farm-Lab Exhibition パフォーマンス試作発表『Education (in your language)』プロセス発信記事(船越千裕)

他者理解の先にあるコモングラウンドの開拓

船越千裕

東京芸術祭ファームのプログラムの一つであるFarm-Lab Exhibition(以下、FLE)は、アジアを拠点に活動する若手アーティストが、文化や国境の垣根を越えて集い、クリエーションを行うプログラムだ。このプログラムの特徴の一つに、「ワークインプログレス」であるということが挙げられる。最終的に、東京芸術祭やアジア各地での上演を目指すものであり、東京芸術祭ファームにおける発表は、あくまでも創作の途中経過を披露する場であるということだ。完成した作品、結果だけではなく、その結果に至るまでのプロセスも重視し、発表することで、作品は開かれたものになり、より豊かな創作がなされることが期待される。そのため、FLEの試作発表では、毎回上演後に観客から、質問や感想を受け付け、日々、変化し、進化していくことが求められた。2022年のFLEは、海外を拠点とする演出家と日本を拠点とするパフォーマーのチーム、日本を拠点とする演出家と海外を拠点とするパフォーマーのチームの2組が創作を行った。今回は、日本を拠点に活動するユニットy/nとアジア各地から集まった3名のパフォーマーがコラボレーションした作品、『Education (in your language)』が、試作発表まで、どのようなプロセスをたどってきたのかについて記していこうと思う。


y/nは、演出家、俳優の橋本清さんと、批評家、ドラマトゥルクの山﨑健太さんによるユニットである。本作では、橋本さんは、パフォーマーとしても作品に参加する。パフォーマーは、シンガポールを拠点とするディア・ハキム・K.さん、台湾を拠点とするクリスティ・ライさん、フィリピンを拠点とするシグロさんの3名だ。y/nチームの作品テーマは、タイトルからも分かるように「教育」である。「教育」というのは、学校など教育施設における、教師から生徒に対する一方的な知識の提供のみを指すのではない。他者との関わりを通して得られる、身体的、精神的影響の全てが、「教育」であり、教師=教える者と、生徒=教えられる者の関係も恒常ではない。広義に意味を捉えることが可能な「教育」をテーマに、y/nチームは「コモングラウンドの仮設」というコンセプトを掲げた。様々なバックグラウンドを持つ者たちが集まったこのクリエーションでは、各自が享受してきた「教育」も異なる。それぞれの文脈の中から共通する部分に目を向け、構築と解体を繰り返すことで、一つのゴールではなく、それぞれの中間地点を見出そうとしたのだ。このコンセプトは、作品のフォーマットにも表れていたように思う。本作は、○×問題にパフォーマーが答えるという、とてもシンプルなフォーマットで行われた。質問に答えるという行為を繰り返すごとに、パフォーマーは互いを知り、共通項を見つけていくのだ。また同時に、観客もパフォーマーを知っていくことができる。このフォーマット自体は、y/nがパフォーマーを公募する時から決めていたという。○×で答えるという行為は、テストのようであり、「教育」のイメージと容易に結びつくだろう。

創作活動は、8月初旬からの約2か月間にわたるオンライン稽古で始まった。ある日の稽古では、パフォーマー4人が「教育」をテーマに各自の関心に沿ったプレゼンを行った。プレゼンを行うことで、各自が作中で扱いたい話題や問題意識が共有され、作品の方向性を決める上で重要な活動だったと思う。このプレゼンの中で、シグロさんは、フィリピンの教育機関の「暗室」と呼ばれる生徒の懲罰部屋に関して、自身の専門である影絵を使った映像で紹介した。生徒の間では、「暗室」に関して確かな情報はなく、噂ばかりが独り歩きし、いつしか「暗室」=「地獄」というイメージが定着したという内容だった。このプレゼンで、シグロさんが制作した映像は、試作発表でも取り入れられた。

本作で出題される質問は、地理や計算問題のように必ずしも正解、不正解が決まっているものだけではない。また、国や地域によって正解が異なる問いもある。例えば、「18歳は大人だ」という問題では、国によって正解が異なる。さらに言えば、回答者が「大人」を「成人している」と捉えるのか、社会的、精神的に「大人」とみなすと捉えるのかによっても答えは変わるだろう。○×という回答は、いつの間にか、YesかNoかという意味も持つようになるということだ。出題される質問のほとんどは、パフォーマーと演出家で話し合いながら決定された。パフォーマーが質問に対してコメントする際も、本人が言いたいこと、あるいは言っても良いと思っていることだけだ。この人はこれを言わなければならないといった、いわゆる「演劇」作品の「台詞」のようなものは、創作の開始時点では、存在しない。稽古を通して、意見を交換し、会話を重ねる中で、言葉が紡がれていき、それが最終的に「台詞」となるのだ。本作では、橋本さんは、全編日本語で、ディアさん、クリスさん、シグロさんは、全編英語を使ってパフォーマンスを行い、上演中は、パフォーマーが話している内容も字幕で表示されるようになっていた。タイトルの「in your language」には、自分の「言語」で語るという意味と、他の誰でもない、「私の言葉」で語るという意味の二つが込められている。

「言語」という側面に注目して活動を振り返るには、コミュニケーションデザインチーム(以下、CDT)の存在は、とても重要である。今回の創作では、y/nの2人は日本語で、パフォーマーは英語で活動を行っていた。CDTは、逐次、日英通訳を行い、異なる言語の橋渡しとなっていた。また、通訳だけでなく、様々なバックボーンを持った人が集う、国際共同の現場でコミュニケーションが円滑になるような空気づくりの役割も担っている。稽古場での通訳には、アートトランスレーターアシスタント(以下、ATA)も参加し、CDTメンバーと共に、言語の壁を越えたクリエーションを支えていた。創作過程で言語の違いからコミュニケーションに齟齬が生じた時も、CDTメンバーが言葉だけでなく、言葉の奥にある感情もできる限り汲み取り伝えていた。クリエーションメンバーが、語学に堪能か否かを気にすることなく、作品創りに打ち込めたのは、CDT、ATAの存在が大きかっただろう。

本作では、スクリーンを使用し、そこに次々に質問が映し出され、パフォーマーは、左右のエリアに移動することで、自分が○なのか×なのかを表明する。作品の冒頭は、正解がある問い「○×問題」が多く出題される。そこから徐々に、「私の第一言語は英語だ」や「生徒会長だった」など、正解のない、個人の経験や好みを問う「Yes/Noクエスチョン」が増えていく。作品冒頭の「○×問題」では、パフォーマー4人はまさに学校でテストを受けているかのように、真剣で緊張感が漂っている。同じ空間で同じ問いに答えているにも関わらず、4人には何の関係性も感じられない。しかし、「Yes/Noクエスチョン」が増え、それに関してパフォーマーのコメントや自己紹介が行われるにつれて、4人は少しずつ互いを知り、関心を持つようになる。そして、質問を通して、会話を交わす関係へと変化していくのだ。「Yes/Noクエスチョン」を経て、パフォーマーについて知ることで、その人の背景にある、育った環境や国、文化がいかなるものであるかを知ることができる。また、YesかNoかという二つしかない選択肢の中で、同じ答えを選んだとしても、回答者がその答えに至るまでの過程は同じではない。正解のない「Yes/Noクエスチョン」は、回答者であるパフォーマー同士をより深く知るために必要な対話のきっかけとなっているのだ。「Yes/Noクエスチョン」を繰り返し、会話することで、パフォーマーの考えが明瞭になり、それぞれの育った環境や国、文化的背景も知ることができる。さらに、自分とは異なる文化や考えを知ることで、自身の背景と比較することができ、自己理解も深まっていったのではないだろうか。相手を知るということは、同時に、自分自身について知るということでもある。本作では、他者理解と自己理解のための「教育」というものを描いているように感じた。


東京芸術劇場アトリエイーストでの試作発表は3日間にわたって行われたが、日々変化が感じられ、とても興味深いものだった。パフォーマンスの変化が如実に表れていたのは、中盤のシーンだ。質問に答え、互いを知っていくごとに4人の仲も深まり、砕けた雰囲気になっていく。発表を重ねるごとに、中盤シーンにおけるパフォーマーのはっちゃけ具合はどんどん高まっていったように感じた。一緒にダンスを踊ったり、写真を撮ったりと、さながら学校の休み時間のようであった。本作では、細かなアドリブも許されており、日を追うごとに、橋本さんは英語を、3人は日本語でアドリブを言うことが増えていった。このような変化は、このシーンの稽古を重点的に行ったということもあるだろうが、それ以上に、作品の外においても、パフォーマー同士の関係性が深まっていったことが影響しているように思う。

撮影:松本和幸

作品冒頭、パフォーマーは客席後方から登場する。これは、会場を教室に見立て、パフォーマーを生徒代表のように見せる効果を狙ったものだ。スライドに映し出される質問に対しては、パフォーマーだけでなく、観客も頭の中で回答することができる。この点において、観客もパフォーマーと同じく生徒であることを想定していることが分かる。試作発表初日、どことなく漂う緊張感や、徐々に互いを知っていくという作品の流れは、新学期の教室のようであった。初日という「新鮮さ」やパフォーマー間の、ある種の「ぎこちなさ」は、観客がパフォーマーを知っていく感覚とリンクしていたように感じる。しかし、3日間という短い発表期間でもパフォーマンスは変化し、互いを知っていくということの「新鮮さ」や「ぎこちなさ」はなくなっていった。作品外での、パフォーマー同士の関係の深まりは、中盤シーンをより一層盛り上げた。一方で、パフォーマーと観客が共有していた、互いを知るという感覚は、徐々に失われてしまったのではないだろうか。この変化によって、作品は閉じられたものとなり、パフォーマーと観客の間に、越えられない壁ができたように思う。最終日のフィードバックセッションでの「授業参観のような気持ちで観ました」というコメントは、パフォーマーと同じ立場を想定していたはずの観客が、鑑賞者へと変化したことの表れだろう。しかし、パフォーマーのリアルな反応を引き出すため、上演ごとに、初見の質問を加える試みもされていた。本作を通して、作品の「新鮮さ」を保つことと、「クオリティ」を上げることの両立の難しさと共に、これを超克することへの可能性も感じた。

フィードバックセッションでは、今後、フルサイズで上演する際の展望も語られた。試作発表では、y/nが提示した○×に答えるというフォーマットがメインとなり、その中にシグロさんが制作した映像が組み込まれたが、フルサイズでは、これに加え、ディアさん、クリスさんら、パフォーマーそれぞれの個性や専門性が活かされる展開も組み込んでいきたいという。本作は、パフォーマー、演出家にかかわらず、意見を出し合い、議論しながら創作が行われた。互いを理解し、リスペクトをしていたからこそ、y/nチームの「コモングラウンド」は開拓されたのだろう。y/nチームが創り上げた「コモングラウンド」は、観客とも築くことは可能なのだろうか。『Education (in your language)』が今後どのように発展していくのかに注目していきたい。

東京芸術祭ファーム ラボ プロセス発信記事について

東京芸術祭ファーム ファーム編集室のアシスタントライターが、東京芸術祭ファーム ラボのプログラムのプロセスに帯同。東京芸術祭ファーム編集室室長監修のもと、人材育成、教育普及の場である「ファーム」のプログラムについて、活動の実態、創作過程などを発信するものです。

ファーム編集室およびアシスタントライターについて

舞台芸術を伝える言葉は、今、大きな環境の変化に直面しています。 たとえば、舞台上の出来事のみを「成果」として俯瞰し論じるあり方は、近年増えつつある、制作プロセスやコミュニティとの相互関係を重視するプロジェクトには、あまり有効とはいえません。また、SNSの隆盛による情報環境の変化も、「伝える言葉」(とりわけメディアを通した言葉)のあり方に、さまざまな方向から再考を迫っているでしょう。 こうした状況を踏まえ、2022年、東京芸術祭ファームラボでは、あらためて舞台芸術を「言葉」にして伝える方法を模索、 探求する「ファーム編集室」を立ち上げました。アシスタントライターは、国際共同制作の現場に併走しつつ、実際に記事を企画し、執筆するプログラムです(参加者は公募により選出)。

東京芸術祭ファーム ラボ ファーム編集室

室長:鈴木理映子
アシスタントライター:
船越千裕 ー東京、大阪
長沼航 ー東京、横浜
関口真生 ー東京
鈴木まつり ー東京、三重