OPEN FARM
(Process Report)
対談:東京芸術祭ファーム2021を振り返る
コロナ禍がもたらした困難、前進への手応え
多田淳之介(東京芸術祭ファーム ディレクター)
長島 確(同共同ディレクター)
アジアの若いアーティストの交流の場であったAPAF(Asian Performing Arts Farm)と国際芸術祭フェスティバル/トーキョー(F/T)の研究開発・教育普及事業が合流して誕生した「東京芸術祭ファーム」。ディレクターの多田淳之介と、共同ディレクターの長島確が振り返る、デビュー1年目のプロセス、手応えとは? コロナ禍のなか、さまざまな工夫を重ねて実施された各プログラムの成果、発見された課題を検証し、観客との繋がり方を含めた今後のビジョンを紐解くインタビューを行った。
(取材・構成:鈴木理映子)
−−東京芸術祭2021年の閉幕と同時に、新部門《ファーム》の1年目も無事にゴールを迎えました。人材育成や研究開発のプログラム自体は以前からありましたが、あらためて芸術祭の一部門として統合され活動してみたことで、何か変化を感じることはありましたか。
長島 つくり手やそれを目指す人たちにとって、この1年がブランクになっていたら……と考えるとちょっとゾッとします。ですから、いろいろな制約はあっても、今回こうして《ファーム》の活動ができ、いろいろな人たちが経験を積んで、育っていくチャンスを死守できたということは、すごく意味があることだった、というのが、まず感じていることです。
多田 APAFとF/T、それぞれでも面白いことはできたと思うんですが、今回この二つが統合されて《ファーム》が誕生したことで、東京芸術祭全体をどう面白くできるか、変えていけるかという根幹に直接関わっているという実感が強くなりました。Farm-Lab Exhibition(FLE)では外国からの参加者も来日しクリエーションを行うことができましたし、オンラインでのプログラムも昨年より充実してきたと感じます。前回はみんなが初めてのことに直面していて。パンデミック元年だったんですよね。だからとにかく「後退はしないんだ」という意思を持って、オンラインについても「あれもできるのか、これもできるのか」って可能性自体を発見していった時期だったと思います。でも今回の場合は、すでに「オンラインを手に入れた」という状態からスタートしているという感じがしました。
−−昨年は「オンライン上でも会えることが嬉しい」という段階だったのが、今年は議論を深めたり、プレゼンテーションに工夫を凝らす余地が生まれたのかもしれませんね。
多田 たとえばAsian Performing Arts Camp(Camp)の場合には、実際には離れているんだけど、「つながっていこう」という姿勢がすごくポジティブに作用して、「オンラインキャンプ」という新しいジャンルが誕生していた気がします。もちろん、リアル開催への思いは、どのプログラムの参加者に聞いてもまったく衰えていないし、具体的な作品づくりをオンラインでするのは難しい。でも、コラボレーション相手と事前に活動を紹介しあったりといった準備段階では、オンラインの方が使えるし、さらに活用できる可能性がある気がします。
長島 確かにCampでは、遠隔でプレゼンテーションをするツールとしてのオンラインの可能性がすごくポジティブに伝わってきました。ただそうした手応えの手前で、やっぱり、知らない人同士が急にオンラインで集まって話をするのは簡単ではないことも分かりました。面識のない人たちが集まって、オンラインでコミュニケーションをとって話をしていくためには、相応の枠組みの設計やファシリテーションが必要です。The City & The City(TCTC)は、昨年から引き続きオンラインで行いましたが、東京側とバンコク側、それぞれのチーム内でも、また両チームが揃うオンラインミーティングでも、場を取り持つケアが必要不可欠だとあらためて実感しました。
プロセスを耕す「ラボ」。
プレゼンテーションをめぐる葛藤と意義
−−今お話に出たFLEとCamp 、そしてTCTCは、どれもつくり手を対象にしたプログラムで、《ファーム》の中でも中核にあたるカテゴリ「ラボ」に属しています。「ラボ」はあらたな交流や作品づくりを前提とした研究開発を目的にしていますが、そのプロセス、成果についてもう少しおうかがいできますか。
多田 FLEは、ほかのオンラインプログラムとは違って、具体的な作品づくりに向けたトライアルの場で、作品として質のいいものを目指すと同時に、その過程で何が得られるかということを重視しています。昨年度と今年で大きく変わったのは、発表の場が劇場ではなく、アトリエになったこと。劇場でつくるのは、負担が大きいというか、いったん小屋入りしちゃうとやりたいことがあっても変えられないことが多い。そうじゃなくギリギリまで試行錯誤できる場にしたい。それに、つくった作品はアジアのいろいろな場所で上演したいと思っていますから、東京芸術劇場のサイズに合わせたものより、もっとフレキシブルな状態のものがいいんです。今回は、それが叶ったのも収穫でした。
Campは同じ国際共同とは言っても、作品づくりではなく、外からの視点をどう取り込んで、それぞれのローカルでの活動を発展させていくかを考えるというプロジェクトです。以前のAPAFのCampでは、みんなで顔を合わせてから共通のテーマを見つけて深めていこうというやり方をしていたんですが、去年からは参加者それぞれが自分のリサーチテーマを持ち寄って、対話をする中でそれを深めていくという形にしました。そうするとすでにクリエーションに取り掛かっている作品があるとか、発表の予定があるつくり手も参加しますから、ディスカッションの内容もプレゼンテーションもより具体的になってきます。なかでも今年は、共同で準備を進めるうちに、「この環境下でもパフォーマンスをつくれてしまうのではないか」という雰囲気が感じられるようになり、プレゼンテーションも体験度の高いものになった印象です。
−−確かに今年のCampの最終公開プレゼンテーションは、プロセス報告やアイデアのプレゼンテーションというより、オンラインコラボレーション作品の発表の場のようでした。《ファーム》のコンセプトのひとつには、トライアンドエラーの場をつくり、創作のプロセスを豊かにするということがあると思いますが、そのことと、公開プレゼンテーションの関係をどう考えていますか。
多田 確かに「ラボ」では、完成形の作品をつくる、見せることを目的にはしていません。じゃあなぜ、何を見せるのか。僕は、ある意味では参加者のための場だと割り切っています。つまり、プレゼンテーションの準備を通して、自分が参加したことの意義や成果を見出してもらいたい。一方で、こうしたプレゼンテーションを観る側にとっての意味はなんなのか。今、コロナ禍で旅をしたり、離れている人と会ったりすることは難しいですよね。でも、僕らは、ロックダウンの時でも、海外のアーティストとこまめに連絡をとっていました。むしろ以前より頻繁に連絡をとって情報交換をしているのかもしれない。同じようなことが観客とアーティストの間でも起こるといいと思うんです。実際に、今は《ファーム》に限らず、オンラインを通じてアーティストたちが何を考えているのか、どんな活動をしているのかに触れる機会も増えていますから。
−−《ファーム》のような人材育成プロジェクトでは、参加する当事者以外には活動の内容が見えづらい面がありますが、こうしたプレゼンテーションが、鑑賞プログラムにとどまらない、芸術祭の活動の一端を伝える機会になっているともいえます。
多田 そうですね。《ファーム》では今年から「ビジター」という枠を設けて、活動の一部をオンラインで見学し、レポートを書いてもらう試みも始めました。これが、海外や地方に住んでいる人にとっても良かったみたいで。オンラインを使うことで、参加の幅はさらにひろがっているなという手応えも感じました。
−−東京とバンコクの参加者がひとつのテーマのもとにリサーチを交換するTCTCの最終成果プレゼンテーションも完成度の高いものになりましたよね。オンラインを通じて語り合い、発展させてきた「Home(と外)」をめぐる思考が、作品という実体を伴って現れたインパクトは大きいと思いました。
長島 このプログラムでは、参加者それぞれのリサーチ、それから東京チームとバンコクチームの間でどんなケミストリーが起こるかが重要なポイントです。でも、緊急事態宣言のために東京のチームは、夏の間、ほとんど集まって話すことができなかったし、バンコクの方の状況はもっと厳しく、ロックダウンになって、現地で予定していたリアル会場での展示自体ができなくなってしまった。ですからもし、今回、対面で活動する余地がもう少しあったら、プロセスもアウトプットも違っていたのではないかということは考えてしまいます。
今年の参加者には美術の作家が多く、ソロワークや展示でのプレゼンテーションに慣れているという背景があり、オンライン中心の活動の一方で、一人ひとりがコツコツとプレゼンテーションに向けて力を注ぎ、予期せぬクォリティの作品、展示を生み出したという印象を受けました。もちろんそれが悪かったわけではないけれど、もともとプロセスにおいて、協働を通して、いい意味での混乱、創造的なカオスが生まれれば、最終形はもっと散らかってもOKと考えていましたから、やはり、コロナの影響を被ったなという気はしています。ソロでこれだけすばらしい成果が出たので、欲が出た感想なんですが。
−−今、お話いただいたように、今回のTCTCには舞台芸術にかかわるアーティストは参加していませんでしたね。企画の段階で、TCTCの枠組みと舞台芸術との関係をどのように考えていたか、あらためてお聞きしてもよいですか。
長島 もともと舞台芸術以外の人も入ってくれるといいなと思っていたところ、予想以上にいろいろなジャンル、バックグラウンドの方が応募してくれました。いろいろな組み合わせの可能性があったとは思いますが、悩みながら選考して、企画の枠組みや今回のテーマとのマッチングを考えた結果が今回のメンバーでした。ですから舞台芸術の人がいなくていいと思っていたわけではありません。TCTCは都市でのリサーチをベースにしたプロジェクトで、そのコンセプトは、身体をどう使うかということとも繋がっていると思っています。身体を使ってリサーチし、コミュニケーションを発生させ、それが何かを作ることに繋がっていくことを目指している。だから、今回はたまたま舞台芸術の人はいなかったけれど、舞台芸術のバックグラウンドは生かしやすい領域だとも思います。
コロナ禍をかいくぐった「インターン」。
研究者、批評家、観客への広がりを予感させた「スクール」
−−スタッフ研修の「インターン」(制作インターン、アートトランスレーターアシスタント)や、観客を含めたより広い範囲の参加者が学ぶ「スクール」(Young Farmers Forum、ダイアローグ・プラス、学生観劇プログラム)についてはどうですか。新しい発見、課題はありましたか。
長島 制作インターンについては、やはりコロナの影響で実地の現場につくことをかなり諦めなくてはならなかったことは大きかったです。何かを実現するのに、どういう準備が必要なのか、何に気をつけなければいけないのかといったことを、座学やオンラインミーティングだけでカバーするのは難しい。もちろん《ファーム》の企画に限らず、今はみんながそうしたチャンスを失っているわけで、この2年の空白は後に影響してくると思います。今回の制作インターンでは『ガリ版印刷発信基地』の現場を手伝ってもらい、そこで質問を受けたり雑談したりといったことも多少はできましたが、そういう場がいかに大切かということについても考えさせられました。制限はありましたが、それでも実施できてよかったです。
多田 Young Farmers Forum(YFF)は、昨年まではYoung Farmers Campといって、参加者同士の交流をメインにした企画でした。今年は自分たち自身が活動するというよりは、CampやFLEに帯同することをメインにしたんですが、これがすごく良かったと思っています。特にFLEはリアル開催ができたので、稽古を見学してもらうこともでき、そこで起きていたことをYFFのメンバーともちゃんとシェアできました。また、東京芸術祭ファーム ガイドラインやコミュニケーションデザインチームによるレクチャーを通して、国際的な現場でジェンダープロナウン(ジェンダーを表す代名詞)がどう扱われているかといったことを体験してもらえたのもよかったと思います。
長島 僕が今回ちょっと面白い発見があったなと思っているのは、学生観劇プログラムとダイアローグ・プラスです。実はこれまでは、学生観劇プログラムが、いちばん間口の広い「演劇に興味を持ってもらえる」プログラムかなと思っていたんですが、実際に立ち会ってみると、参加者の大半は演劇を勉強している学生だけあって、結構ディープな議論がされていることがわかりました。だからむしろ、彼らの中からこそいい意味でシビアな批評的目線や言葉も育ってくるんじゃないかという期待を持ちました。一方でダイアローグ・プラスの方には、今年は演劇と接点のない人たちも積極的に入ってきてくれていて、パフォーミングアーツに触れながら対話し、自分自身を発見するということをしてくれている。むしろこちらに、舞台芸術の間口を広げたり、観客としての目を育てていくうえで、何かヒントになるような、不思議な手応えを感じ始めました。
−−最後に《ファーム》、そして鑑賞演目を軸にする《プログラム》も含めた「東京芸術祭」全体をこれからどうしていきたいのか、来年度、そして未来に向けたビジョンをお聞かせください。
多田 《ファーム》としては、「ラボ」のプログラムをどう活用していくか。アートトランスレーターアシスタントはもちろん、さきほどお話したYFFでも、やはり「ラボ」の現場に接続することで成果が出てきているという実感がありますから、「ラボ」を中心に「インターン」や「スクール」との連携を強めていくことが、ひとつの方向性として考えられると思います。そのうえで鑑賞の《プログラム》との関係についても、もっとうまい位置づけがないのかなと考えているところです。もちろん、《ファーム》から生まれた作品がプログラムで上演されるという道筋も大事ですが、それだけでなく、何か公演を観にきた人も《ファーム》の活動に触れられるような仕組みがあればいいと思うんです。
長島 そうですね。芸術祭の《プログラム》が、一般のお客さんにとって面白いものであるべきなのと同時に、《ファーム》の参加者たちにとっても、憧れであり、教材であり、あるいはライバルになるというような関係があるといいなと思います。以前、F/Tで作品を発表した演出家のヨッシ・ヴィーラーさんが「自分たちは若いころピーター・ブルックの『なにもない空間』からたくさんのことを学んで、影響を受けた。でもいま自分たちはもう次の時代にいるんだよね」と言っていたのを思い出します。そういう意識は、つくり手にとって、大事なエネルギーになるものです。《プログラム》の参加アーティストや演目と《ファーム》の参加アーティストの間でも、そんな関係が生まれるといいですね。
また、《ファーム》については、さっき多田さんがYFFの話で触れていたコミュニケーションデザインと並んで、いずれはアクセシビリティについても考えることはできないかと気になっています。アクセシビリティって大事だということは共有されているけれど、どう実現するかに関してはトレーニングが必要ですから。
多田 コミュニケーションデザインだったり、アクセシビリティだったり、これからの舞台芸術にとって必要なことを充実させるための育成機関が《ファーム》ですからね。
長島 東京の芸術祭が、この状況下で、あえて人材育成部門を立ち上げた、ということにはすごく意味があると思います。こうしてその意思表明ができ、これからさらに内容が充実していけば、クォリティの高い作品が生まれるチャンスも増える。《ファーム》はどうしてもつくり手寄りの企画に見えると思いますが、このプロセスを大事にしていけばこそ、数年後には必ず観客にも還元されるものがあるはずです。
多田 今年はまだ、APAFとF/Tそれぞれでやってきたことが色濃く残っている部分もありました。でも《ファーム》という場で1年やったからこそ、芸術祭全体をより面白くしたいという覚悟も決まってきた気がするし、さらに成長し変わっていけるんじゃないかなという手応えを感じています。
東京芸術祭ファームの詳細はこちら:
https://tokyo-festival.jp/tf_farm/
鈴木理映子
編集者、ライター。東京芸術祭Open Farm編集担当。演劇情報誌「シアターガイド」編集部を経て、2009年よりフリーランスとして、舞台芸術関連の原稿執筆、冊子、書籍の編集を手がける。成蹊大学文学部芸術文化行政コース非常勤講師。【共著】「翻訳ミュージカルの歴史」(『戦後ミュージカルの展開』森話社)、「漫画と演劇」(『演劇とメディアの二十世紀』森話社)、「宝塚風ミュージカル劇団のオリジナリティ」(『地域市民演劇の現在』森話社)【監修】『日本の演劇公演と劇評目録1980〜2018年』(日外アソシエーツ)、ウェブサイト「ACL現代演劇批評アーカイブ」 (https://acl-ctca.net/)
多田淳之介(共同ディレクター/ファームディレクター)
1976 年生まれ。演出家。東京デスロック主宰。古典から現代戯曲、ダンス、パフォーマンス作品まで現代社会の当事者性をフォーカスしアクチュアルに作品を立ち上げる。子どもや演劇を専門としない人とのワークショップや創作、韓国、東南アジアとの海外コラボレーションなど、演劇の協働力を基にボーダーレスに活動する。2010年より富士見市民文化会館キラリふじみ芸術監督に公立劇場演劇部門の芸術監督として国内歴代最年少で就任、2019年3月まで3期9年務める。2014年「가모메 カルメギ」が韓国の第50回東亜演劇賞演出賞を外国人として初受賞。2019年東アジア文化都市2019豊島舞台芸術部門事業ディレクター。青年団演出部。四国学院大学、女子美術大学非常勤講師。
長島 確(副総合ディレクター/ファーム共同ディレクター)
ドラマトゥルク。立教大学文学部フランス文学科卒。大学院在学中、ベケットの後期散文作品を研究・翻訳するかたわら、字幕オペレーター、上演台本の翻訳者として演劇に関わる。その後、日本におけるドラマトゥルクの草分けとして、さまざまな演出家や振付家の作品に参加。近年はアートプロジェクトにも積極的に関わる。参加した主な劇場作品に『アトミック・サバイバー』(阿部初美演出)、『4.48 サイコシス』(飴屋法水演出)、『フィガロの結婚』(菅尾友演出)、『効率学のススメ』(ジョン・マグラー演出)、『DOUBLE TOMORROW』(ファビアン・プリオヴィル演出)ほか。主な劇場外での作品・プロジェクトに「アトレウス家」シリーズ、『長島確のつくりかた研究所』(ともに東京アートポイント計画)、「ザ・ワールド」(大橋可也&ダンサーズ)、『←(やじるし)』(さいたまトリエンナーレ 2016、さいたま国際芸術祭2020)、『半七半八』(中野成樹+フランケンズ)、『まちと劇場の技技(わざわざ)交換所』(穂の国とよはし芸術劇場PLAT)など。訳書に『新訳ベケット戯曲全集』(監修・共訳)ほか。フェスティバル/トーキョー18〜20ディレクター。東京藝術大学音楽環境創造科特任教授。