劇場を出て「まちなか」へ ── その次のステップを見据えて

まちのなかで、アーティストと観客の関係を探る。劇場から外へ出た企画、東京芸術祭2023 直轄プログラム FTレーベルでは、3つの『まちなかプログラム』が実施されました。
劇場のアトリウムとビルの通路というパブリックスペース2箇所を使ったトロンボーン16本によるコンサート『とおくのアンサンブル』、2022年度に戯曲を作ったプログラムをより発展させて誰もが戯曲を書く『くらしチャレンジクラブ』、池袋・ロサ会館の屋上に期間限定でオープンした『パフォーマンス展望室』。
長島確・河合千佳のプログラムディレクターによるプロジェクトでは「劇場とまちなかの両輪が大事」と言い続けてきた。2人が試みてきた、舞台と客席の関係を解体し、ジャンルを越境しながら、まちなかと交わり続けるF/Tから含めて6年にわたる試みの中で、何が起きていたのか、各アーティストを招いて振り返りました。

話者:とくさしけんご、阿部健一、居間 theater [ 東彩織、稲継美保、宮武亜季​​、山崎朋 ]
進行:長島確、河合千佳

文:河野桃子

長島 これまで東京芸術祭でもフェスティバル/トーキョーでもいろんな形で「まちなか」のものを試行錯誤してきた中で、2023年度秋のプログラムはとてもうまくいったと思っています。
   6年前に河合と僕がフェスティバルディレクターに就任した時に、長年続いてきたまちのなかでのパフォーマンスを引き継ぎつつ、より自覚的にもう1歩先へ進むために、単に劇場の中の演目を屋外に持ち出すだけではなく、劇場の中でもっとも強い支配力を持っている「舞台側と客席側の関係」について、見せる側は見せるだけ、見る側は受け取るだけではない関係を考えることにしました。もうひとつ大事なこととして、劇場の外にはアーティストではないすごい人たちがいっぱいいるので、外に出ることでどんどん交流した方が面白いことが起こるんじゃないかと。芸術祭がその出会いを生む機会になるといいなと考えました。
   2023年度にはコロナが5類になり、あらためていろんなことを試せる環境ができたので、今回はひとつの集大成としてのプログラムとなっています。

河合 付け加えると、フェスティバルの中心である池袋にはいろんな人がいていろんなことが起きているので、実験的なことをやりたい時に「期間限定ならやってみたら?」と受け入れてもらえる土壌があった。そこにいる人たちのなかにも何か表現をしてみたいと強く思っている人たちがたくさんいた。「この人たちとアーティストの皆さんの力を借りて何かできないか?」とずっとこだわってきました。とくに2023年度は、東京芸術祭の規模が小さくなって、そのなかでFTレーベルとして何を担うのが良いのかなと考えて、上演にこだわらずに外に出て行くことをより重要視しました。

複雑そうにみえてシンプルだった、3つの『まちなかプログラム』

河合 それぞれのプログラムについて、ぜひアーティストご自身の言葉で振り返っていただきたいです。

とくさし 『とおくのアンサンブル』で起きていたことを簡潔に言うと、パサージュ(吹き抜け空間)、人々が通りすぎる空間で、奏者が互いにすごく遠く離れてアンサンブル(2人以上が同時に演奏すること)している音を、お客さんもまたそれを遠くから聴く、というものです。すると誰もが、普段以上に耳を澄ましている状態になる。それによって距離感や方角などを含む「地形」や空間そのものを味わえるような機会を考えていました。さらに2ヶ所で公演したので、場所によって音がかなり変わっていく。全6公演すべて聴いたという熱心な方もいらっしゃって嬉しかったです。奏者があまりに遠くに離れているため、私を含め誰も全景を見ることができないし、実際に全景が収まった写真は撮れず、残っていないんです。なので、今でも夢のなかのような淡い記憶です。

河合 たしかに私も夢のようだったと感じています。阿部さんはいかがですか?

阿部 『くらしチャレンジクラブ』はもともと2022年度に「くらしを題材とした戯曲集を作る」ことから始まっています。僕がリサーチャーとして豊島区に移り住んで生活しながら、そこで出会った人たちの暮らしの話や自分自身の経験をもとに短編戯曲集を作るということに、劇作家の小野晃太朗さんらとのチームで取り組んで、短い戯曲が31本載った冊子を作りました。
   2年目となる2023年度は参加者自身が「くらしから戯曲を書いてみる」という仕組みを、東京芸術祭の初日から最終日まで2ヶ月かけて展開していくプログラムでした。豊島区のあちこちでワークショップイベントを4回やり、参加者にそれぞれの思う戯曲を書いてもらいました。並行してSNSとラジオ(ポッドキャスト)で絶えず発信し、書かれた戯曲を紹介したり、コメントを添えていったりしました。これによって「自分以外にも書いている人がいるんだな」と感じたり、読む・聞くだけでもクラブ(=集まり)に参加してもらえるといいなと。最終的に118本の戯曲が生まれましたが、戯曲を通した緩やかな繋がりのあり方も見えてきたように思います。

河合 「戯曲ってなんだろう?」と考えるプログラムでしたね。では居間 theaterさんの『パフォーマンス展望室』についてお願いします。

東  ロサ会館のR階、テニスコートの横にある小さいカフェスペースをお借りして、「展望室」という名前をつけて1週間オープンしました。そこでは「展望学者」と呼ばれる人々が日替わりで待っていて、訪れた人と一緒にいろんな物事を展望する……具体的には、1ターム30分ほどでジャンルを問わず話をします。その場に来た人は自由に話す、聞く、窓の外を眺める、なにかを食べている、ただそこに居る……などいろんな過ごし方をしていて、それぞれの体験が違う。ただ共通して、何かの展望について考えたり、「展望ってなんだろう?」と感じる場になっていたと思います。

山崎 自発的に話したくなったら加わってもいいけど、横で聞いているだけでもいい。ただその場にいることが、日常から一歩離れて何かを展望する時間になったらいいなと、そこでの関係性をどう作るかを試みました。

長島 「展望学者」というフィクションの役を演じることが、場のコミュニケーションとして良く機能したことが印象的でした。たとえば玄田(有史)先生が東大の先生であり労働経済学者としてそこにいたなら、ご本人も話しにくいし、訪れた人も話を聞きにくかったんじゃないかなと。

稲継 展望学者をされる方々には「自分の普段仕事をしている際の専門性だけを持って展望学者を名乗らないで欲しい」とお願いしました。例えばカメラマンという専門性を持っていると同時に二児の父親であるというように、一人の人間の中にある多様なものをとても大事にしてもらいました。それぞれになにか展望したいテーマを切実に持っていることが大切だったので、展望学者であることはフィクションだけど、展望する内容についてはそれぞれの生活や活動に基づいたとてもリアルなものでもあるんですよね。
面白いのが、とくさしさんが「全景を把握できない」と言われていたようなことが展望室の中にもあって、放っておいてもどんどんコラボレーションが生まれていくんですよ。阿部さんの『くらしチャレンジクラブ』に通っている方が展望室に来て、熱心に話された後に阿部さんのところでそれを戯曲にし、次の日にその戯曲を持ってまた展望室にやってきたこともありました。場所を一定期間オープンしていたゆえにぐちゃっとした面白さがうまれましたね。

とくさし 場の設定が豊かでしたね。今、世の中って「まだ会ったことのない人と出会いたいな」という時に、手軽だからとSNSで繋がると炎上してしまったり、直接会おうとすると危険な雰囲気になったりと、深めていくことが難しい。それが今回は、安全な運用を予感させる場でした。インターネットとリアルの真ん中を設定してくれたなと。
   さらには、来た方がお金を支払わないことで、権利を購入したうえでの振る舞いをすることがない。公共のイベントとして公共空間でやることが、安全なコミュニケーションの真ん中として見事な着地点になっていたと感じます。

東  『まちなかプログラム』について私が共通して思ったことは、すごく複雑なことをやっているけれど、構造はシンプルだったのではないかなと。『とおくのアンサンブル』は、作品の背景や楽曲の構造はわからなくても通りすがるだけでふと受け取れる。『パフォーマンス展望室』はただ会話をし、『くらしチャレンジクラブ』は戯曲を書くという行為がすごくシンプルです。

阿部 たしかに。3つある『まちなかプログラム』を横断して個人のプロジェクトを始める人もいましたね。さらに、そういう人たちが集まっている場に舞台芸術を専門としている人々も参加していたという状況も、すごいことだなと。演劇のプロでもプロでなくても、生活と関連づけながら演劇の話や戯曲の話をしている。これは劇場の外に出て、閉じないようにしていくから生まれたことだなと思いました。

プロジェクト期間中のはたらきが、質を上げていった

河合 プロジェクトの初日が開いてからのランニングについて、何をされていましたか? というのも、皆さんは初日が始まってからもより良くする工夫をされ続けていて、明らかに質が進化していきました。それはシアターの文化だったのではないかと思います。

長島 それは痛感しましたね。スタートしてからの労力に『まちなかプログラム』の成功の秘訣があるんじゃないかと思っています。たとえば(宮武)亜季さんは毎日、ロサ会館のオーナーである伊部さんに簡単な日報のようなメールを送っていましたよね。僕にもccで送ってくれていて、一緒にやっている気持ちになりました。

宮武 メールを送っていたのは、来場者がどうしてその場所を訪れたかを一番知りたいのは、会場を貸してくださった方だろうなと思ったからです。たまたまロサ会館にビリヤードをしに来た人や、ポスティングしたチラシを見た近所の人、「展望室があるなら」と通りがかりに初めてロサ会館に入った人、芸術祭を見に来られた人、朝に都庁の展望室に上がった後に展望室のハシゴをした人……本当にいろいろでした。

東  始まってからの労力については、ひとつは、実際に人が来てみないと作品が始まらないので、必然的にやりながら調整しなければならないからだと思います。それはシアターでの上演とはちょっと違うかもしれません。もうひとつは、たとえばラーメン屋に置き換えると、一定のクオリティのラーメンを毎日出すのではなく、麺がいかに伸びるか、伸びた結果どうなるか、お客さんと一緒に食べてどうなのかを楽しんで拾うのが『パフォーマンス展望室』でした。

山崎 飲食店を開けている感覚は近いですね。来た方によってその場の雰囲気がどんどん変わっていくので、少しずつチューニングしていくためにもランニングが一番大変でした。

阿部 僕は庭師のように、来た人が過ごしやすい場、来たくなるような場を整備し続けていた感覚です。具体的にはインスタやX(旧Twitter)を動かし続けて、すでに来た人の様子を見られるようにして、「こういうことが起こっていて面白かった」と拾い上げることを通して、参加したひと・遠くから関心を寄せているひと両方に向けて場を整え続けていたなと。2ヶ月でインスタには190件投稿し、ポッドキャストは8本収録していました。

長島 2年続けたことで明らかにフェーズが変わりましたよね。
   とくさしさんはいかがでしたか。16名の奏者の方たちもすごく楽しんでいて、そこまでのチームを育くむには楽譜を書いてお任せするだけではない関わり方があったと思うんです。

とくさし いわゆる現代音楽のシーンでは、作曲家が新作を書き下ろしてそれを奏者の方に実現してもらうという流れがあります。そのためにリハーサルを重ねることになりますが、実は、今回はどんどんリハーサルをキャンセルしていったんです。なぜかというと、奏者やスタッフの方が素晴らしすぎて、私がいろいろ言うことがなかった。ほかの方々の話とは真逆のようになってしまうんですが、私はあまり介入せずに、会場でパンフレットを配っていました(笑)。あとは演奏が終わったあと、奏者のみなさんとトークをして、この作品の楽譜には「残響が消えるまで待ってから次に進む」という指示が多数あって、残響を待つと、周囲の音が立ち上がって聴こえてくるんですが、その待ち時間について「どうでした?」などのやりとりをしたことくらいです。

長島 とくさしさんは奏者の方のプロフィールをよく把握されていたそうで、それが奏者の方との信頼関係を作るのに大きかったのだと思います。

とくさし 私がそういうことに興味がありすぎて、すごく見ちゃうだけなんですよ(笑)。

最初から、劇場の外=「まちなか」にいる気がする

長島 まちなかでのプログラムに関する今後の展望はありますか?

とくさし 極端ではありますが、頻度が上がって、毎日まちのどこかでなにかが行われているといいですね。「まちなか」という言葉自体が目立たなくなるくらいに。劇場の中と外が日常的に交通されている状態が、浸透していくということなのかなと。

阿部 そもそも僕は「まちなかネイティブ」のような感覚で、世代なのか経験なのか、最初から劇場の外にいる気がしているんですよね。まちなかに出ていくこと自体が新しい取り組みである、という段階はもう超えていると思っています。だから今は、劇場から外に出ることの、さらに次のステップが気になっています。

稲継 そのとおりで、もう「まちなか」がカウンターではなくて普通にあるという認識になってきています。そこで経験を積んできた人たちが、今度は逆にシアターやホールで本気で仕事をするとめちゃくちゃ面白いんじゃないかという期待もある。まちなかで作ってきた中で発見してきたこととシアターの面白さを組み合わせて、作品を作ってみたいです。

山崎 私もまちなかについてのネイティブな感覚は、たしかにそうだ、と思いました。一方で、原点として演者と観客の構造をどう取っ払うかを考えてきましたが、立場の違いをまちなかで取っ払うのは難しいことも多いのかなとも感じます。完全に立場や役割みたいなものがない人同士って警戒心を持たざるを得ない。今回の「展望学者」のような立場があることでコミュニケーションが起こりやすくなると考えると、まだまだ役割や構造を試すことができそうです。また、展望室は期間限定だからこそ奇跡的なバランスで乗り切れた気もしているので、常設として日常に溶け込んだらどうなるのかという関心はあります。

宮武 どうしたら常に開き続けられるかは考えたいですね。最近、依頼を受けてある施設のオープニングパフォーマンスをやった時に「イベント的にパフォーマンスをするのは簡単だけれど、まちに対して開いている状態をキープし続けるにはどうしたらいいのかを、主催者は本当は考えないといけないのでは」とパフォーマンスを観た友人に言われて。阿部さんがやっていることはそれに近いのかなとも思います。

東  まちのなかに入っていく時に、ある種の搾取性みたいなことはずっと考えています。自分たちは、やっては去っていくという……やり逃げのようなことをし続けているのではないかという負い目をいつも感じています。それが今回の『パフォーマンス展望室』に、豊島区内で10年ほどスペースをやられてる方が来て「場所や店を続けることの良さはあるけど、日々運営することに精一杯で新しいものを生む余力がない。だから自分たちにないアイデアを、余所者として自覚して持ってきて来てくれることはウェルカムですよ」と言われて、自分たちの活動にひとつの答えをもらった気がしました。また「自分も転々と何かをやっていきたくなる」とも言われていて。長く開く場を持つことと、旅のように転々と活動することのスイッチングが本来は可能で、実はその往還は、地域の人とかアーティストとか関係なく、もっとあるべきなのかもしれないと思いました。

長島 なるほど。まちの状況ってすごく変わっていくので、10年前にできていたことが今はできないとか、あるいは今はできるようになったという変化はあると思います。まちそのものも変わっているし、それと共にあるんだろうなとあらためて思いました。ありがとうございます。

公演情報

『くらしチャレンジクラブ』
期間:9月1日〜10月29日 ※一部プログラムを8月から実施
イベント開催日 9/2(土) IKEBUKURO LIVING LOOP
        9/24(日) 豊島区立雑司が谷公園
        10/15(日) 東京芸術祭ひろば
        10/29(日) ジュンク堂書店 池袋本店
場所:豊島区内各所
https://tokyo-festival.jp/2023/program/daily-life-players-club/

『とおくのアンサンブル』
期間:10月7日(土)、10月14日(土)
場所:メトロポリタンプラザビル自由通路(JR池袋駅) / 東京芸術劇場アトリウム
https://tokyo-festival.jp/2023/program/the-far-from-ensemble/

記録映像

『パフォーマンス展望室』
期間:10月21日(土)〜29日(日)※23日(月)は休室日
場所:ロサ会館 R階(屋上)
https://tokyo-festival.jp/2023/program/performance-view-lounge2/

記録映像

『くらしチャレンジクラブ』
撮影:金川晋吾

『とおくのアンサンブル』
撮影:冨田了平

『パフォーマンス展望室』
撮影:冨田了平