東京芸術祭 2018

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    メルラン・ニヤカムのこと(1) ~カメルーン国立舞踊団から「アフロ・コンテンポラリーダンスへ」~
    (横山ディレクター)

2018.10.10

【直轄プログラム見どころ紹介:その3】
メルラン・ニヤカムのこと(1) ~カメルーン国立舞踊団から「アフロ・コンテンポラリーダンスへ」~
(横山ディレクター)

「ニヤカムさんに出会った人はみんな彼のことが大好きになる」! パリからやって来た振付家ニヤカム氏の秘密を横山ディレクターがお届けします。

“直轄プログラムの見どころ紹介”では、東京芸術祭 直轄事業ディレクターの横山義志氏や参加アーティストがプログラムをより楽しむための情報や舞台裏を発信中!


今年の東京芸術祭で『空は翼によって測られる』『アダルト版 ユメミルチカラ』の2作品を発表するカメルーン出身の振付家メルラン・ニヤカムさんのことを、何回かにわたって書いておこうと思います。

メルラン・ニヤカムと出会ったのは、2003年のことでした。パリに留学していて、いわゆる「コンテンポラリーダンス」というものになんとなく違和感を抱きはじめていたとき、アフリカ出身の振付家たちが「アフロ・コンテンポラリーダンス」というものをやっているというのを知り、少しずつ見に行くようになっていました。違和感というのは、たとえば、「コンテンポラリーダンス」、つまり「同時代の、今のダンス」といいながら、出てくるのは西洋的なダンス教育を受けたダンサーばかり、といったことでした。そんななかで、アフリカ出身の振付家たちがアフリカで身につけたダンスのテクニックも採り入れながら作品をつくるようになったのを見て、時代が変わってきたのかもな、と思っていました。

それでも、シャイヨー国立劇場でニヤカムの『遊べ! はじめ人間(原題:Récréation primitive, プリミティブな遊び)』を見たときには、けっこう衝撃でした。ニヤカムの変顔どアップからはじまって、客席の子どもたちが爆笑しているんです。それまでに見ていたアフロ・コンテンポラリーダンスの作品は、どちらかというと、「アフリカの振付家だってこれだけ(ヨーロッパ的に)洗練された作品を作れるんだ」という感じだったのですが、これはほとんど真逆で、アフリカ系のダンサーたちが「原始人」を演じて、お猿さんみたいに歩いたりして(やっぱり子どもは爆笑)。かつて1970年代には「アフロビート」の創始者フェラ・クティ(ナイジェリア出身のミュージシャン)が「ギブ・ミー・バナナ!」なんて歌っていたので、これはある種の皮肉なのかとも思いましたが、そうでもないようです。原爆の映像なんかを見せたあとで、火を見つけて遊んだり踊ったりする人間たちが登場してくるんですが、この作品は「世界を遊び(récréation)なおすことで再創造(recréation)してみよう」というのがコンセプトで、「そもそも人間だってサルじゃないか。動物じゃないか。体を使って遊ぶ喜びを取り戻すところからはじめてみたほうが、人間同士の共感だって取り戻せるんじゃないか」ということを感じさせる作品でした。


(『遊べ! はじめ人間』より)

それにしても、こんなに子どもがケラケラ笑いながら見ているコンテンポラリーダンスというのは、はじめて見ました。この作品はアフロ・コンテンポラリーダンスの歴史に残るヒット作になっていました。このときの印象が強烈だったので、私が2007年にSPAC-静岡県舞台芸術センターで働きはじめたとき、この作品を真っ先に提案しました。


(『遊べ! はじめ人間』より)

2007年の「Shizuoka春の芸術祭」での公演がとても好評で、翌年にも再演してもらい、「一緒に何かやりたいね」という話になって、2010年から「スパカンファン(SPAC-ENFANTS, SPACと子どもたち)という企画をつづけています。

長年付き合ってきて、少しずつ、ニヤカムが考えていることが分かってきた気がします。それを理解するには、まずこの人が歩んできた道のりを知る必要があるでしょう。

ニヤカムはカメルーンの首都ヤウンデの出身で、5歳の頃にはもう踊ってお金を稼いでいた、といいます。14歳でカメルーン国立舞踊団に入団し、16歳でエトワール(首席ダンサー)に。国立舞踊団では、国内各地を回って、伝統舞踊の採集を進めていきます。

ここで少し、「カメルーン国立舞踊団」というものが何なのかということを説明しておく必要があるでしょう。フランス語ではバレエ・ナシヨナル・デュ・カムルーンといって、そのまま訳すと「カメルーン国立バレエ団」になります。アフリカでは、1960年代に植民地統治が終わったあと、ヨーロッパに匹敵する「ナショナルな」文化をつくっていかなければならない、という機運がありました。とりわけ踊りに関しては、ヨーロッパに負けないだけの伝統があるという自負もあり、アフリカ各国で、自国の伝統舞踊の粋を見せるための「国立舞踊団」が結成されていきます。この動きが、やがて「アフロ・コンテンポラリーダンス」というものが生まれてくる背景になっています。

ただ問題は、アフリカの多くの国は植民地統治の枠組がそのまま独立国になったために、必ずしも文化的な統合がなされてきたわけではなかった、ということでした。たとえばカメルーンには200以上の言語が話されていて、「リトル・アフリカ(アフリカの縮図)」と呼ばれるくらいに多様な文化があります。言ってみれば、山一つ越えたら別の言葉を話す別の民族が住んでいて、違う神様のために違う歌と踊りを捧げている、といった感じなんですね。

それぞれの踊りには意味があり、結婚式だったり収穫のときだったり病気のときだったり、特定の時と場合に踊られます。ニヤカムはティーンエイジャーのときに、そんな言葉も通じない村々を回って、何日も村の人たちと過ごして、いろんな儀式や踊りを教えてもらって帰ってくる、ということをやっていたわけです(一つの踊りを身につけるために、シャーマンになるための儀式を行う必要があったもしたそうです)。


(『遊べ! はじめ人間』より)

そうして学んだ踊りを「国の財産」にしていくのが、カメルーン国立舞踊団のメンバーとしての使命でした。ニヤカムはこの経験によって、「カメルーン的なもの」が多様性としてしか表現されえないことを実感したのだと思います。

国立舞踊団のメンバーとはいえ、カメルーン政府の文化予算は必ずしも潤沢ではなく、必ずしも給料が十分定期的に支払われていたわけでもありませんでした。ニヤカムも自活しなければならなくなり、ヤウンデ市内のバーを回って、「ここに舞台を作ってくれれば、いいミュージシャンを連れて来て踊るから」と言って、自分のカンパニーを立ち上げ、活動の場を切り拓いていったといいます。

ニヤカムはフランス政府の給費留学生に選ばれ、1992年にフランスに渡り、さらにさまざまなダンスを学ぶことになります。クラシックバレエ、ジャズダンス、「コンテンポラリーダンス」、ヒップホップ、インド舞踊等々、ありとあらゆるジャンルの動きを身につけていきました(今でも、「気がつくとインド舞踊の手になってる」時もあるといいます)。このときにも、カメルーン国立舞踊団で村々を回った経験が役に立ったのでしょう。フランス国内であればほとんどフランス語でやっていけるし、宗教的な儀式を行う必要もないし、カメルーン国内のいろいろな踊りを身につけるより、ある意味手軽だったのかもしれません。

このころ、アフリカを代表するポップシンガーの一人アンジェリーク・キジョーと親交を結んでライブに出演し、のちに2010年FIFAワールドカップ南アフリカ大会キックオフコンサートの振付も手がけています

ついでにちょっと先の話ですが、2012年には米国のジャズ歌手ボビー・マクファーレンとの共演が話題を呼びました

そして1997年から、フランスで絶大な人気を誇るモンタルヴォ・エルヴュ・カンパニーの作品で頭角を現し、多くの作品でメインダンサーとして踊るようになります。このカンパニーは、多様な出自のダンサーがそれぞれの持ち味を活かして踊ることでフランスの多様性を活かす手法で知られていました。2006年にはラモーのオペラ『レ・パラダン』で、ニヤカムとともに来日しています。このカンパニーではバロックオペラのダンスパートを担うことが多く、またビデオの使い方がうまくて、ここで学んだことも、その後のニヤカムさんの作品に活かされています。

カメルーンでは、歌やお芝居と踊りが必ずしも別れていないといいます。ニヤカムは歌手としてn'bang, Temde tchoube (Métisse)と二枚のアルバムを出したりもしています。体一つであらゆる境界を越えていくことができる、という感覚は、カメルーン国立舞踊団時代の経験から自然に身についたものなのかもしれません。

次回はいよいよ、日本でのクリエーションの話を。
(つづく)

 

直轄事業ディレクター 横山義志


東京芸術祭2018 直轄プログラム『空は翼によって測られる』

振付・演出:メルラン・ニヤカム
出演:SPAC-ENFANTS(スパカンファン、静岡県の中高生のダンスかんぱにー)

【日程】11月3日(土)15:00 / 4日(日)13:00
【会場】あうるすぽっと
《入場無料・要予約》
※車いす席、未就学児(3歳以上)との観劇をご希望の方は東京芸術劇場ボックスオフィスまでお問合せ下さい ※受付にて入場整理券を配布いたします(先着順) ※ノンバーバルパフォーマンス(一部、日本語上演) ※としまチケットセンターでも取扱い有


東京芸術祭2018 直轄プログラム『アダルト版 ユメミルチカラ』

振付・演出・出演:メルラン・ニヤカム

【日程】11月2日(金)19:30 / 3日(土)18:30 / 4日(日)16:30
【会場】東京芸術劇 シアターイースト
《入場無料・要予約》
※未就学児入場不可 ※車いすで観劇をご希望の方は東京芸術劇場ボックスオフィスまでお問合せ下さい ※受付にて入場整理券を配布いたします(先着順) ※ノンバーバルパフォーマンス(一部、日本語上演)) ※としまチケットセンターでも取扱い有


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