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『マライの虎』(テアター・エカマトラ/2018)を巡るトークを観る前に知っておきたい『Tiger of Malaya』と『マライの虎』のこと
『Tiger of Malaya(邦題:マライの虎)』は、テアター・エカマトラによる舞台作品で、1943年に制作された同名の日本映画を原作としています。ただ、通常の「舞台化」とはかなり異なるアプローチを取っています。
日本映画『マライの虎』(1943/制作・日本)あらすじ
舞台は戦前のイギリス領マレー、そこにはイギリス人、マレー人、華僑のほかに日本から移住した人たちが暮らしており、主人公の谷豊(たに・ゆたか)も家族とともに理髪店を営んで暮らしていた。イギリス軍は華僑共産分子と結託し、日本製品不買運動を繰り広げており、現地人をそそのかして暴動を起こし、その混乱の中で谷の幼い妹が殺されてしまう。復讐に燃える谷は、やがてマレー人を集めて盗賊団を結成し、義賊としてマレー中で「マレーのハリマオ」(ハリマオはマレー語で虎の意味)として知られるようになっていく。やがて妹の敵をとった谷は、日本陸軍のスパイとして活躍し、マレー半島の平和を維持するために、イギリス、中国の連合軍を相手に戦っていく。
日本映画『マライの虎』は、太平洋戦争中の1943年に制作された、日本のプロパガンダ映画です。現地(イギリス領マレー)で撮影が行われましたが、登場人物はマレー系や中華系であるにも関わらず、ほぼすべてが日本人によって演じられています。
テアター・エカマトラの作品は、この映画を単に舞台化するのではなく、むしろ「もし今この映画をリメイクするなら」という議論そのものを演劇として表現しています。俳優たちは映画のシーンを観ながら議論したり、試しに演じてみたりしています。
映画内の日本人俳優が日本語で演じる役を、エカマトラの舞台ではマレー系俳優がマレー語で演じることで、出自や言語、立場の違いが多角的に浮かび上がります。これは単なる映画の再現ではなく、社会や歴史といった多層的な問題を浮き彫りにしています。
作品の始まりはすれ違いから
本作品は、劇作家のアルフィアン・サアットと、日本人俳優で出演もしている田中祐弥の出会いから始まりました。田中がアルフィアンに同行し、シンガポールにおける第二次世界大戦の歴史に関するリサーチを行うなかで、互いの歴史認識がすり合っていないことに気付き、そのことが『Tiger of Malaya』の制作へ繋がりました。題材ありきで俳優をキャスティングしたのではなく、お互いの理解の過程で生まれた作品であることは注目すべきポイントです。
アルフィアンは、「歴史的な出来事がどのように語られ、どのように歴史的な視点や表現の違いが生まれ、解消されるのか」という問いを中心に据え、作品の創作過程で議論をしながらシーンを組み立てていき、俳優は自分とは異なる民族的なアイデンティティを背負って役を演じることができるのか、言語と民族的なアイデンティティや思想はイコールなのか、といった創作をする上での問題にぶつかります。
劇中、フィクションである映画を歴史にもとづいてコミカルに「正そう」としていく中で、歴史を演じることは単に過去を再現するのではなく、特定の過去の解釈を演じることであり、それぞれのアイデンティティは歴史本来の正確さではなく、作り話(アーカイブされたものとしての映画)の頑なさによって保たれていることに気づいていきます。演劇の中の演劇という手段で、出演者たちの異なる文化的・民族的経験による多数の誤解が引き出されていく、まさに国際コラボレーションのお手本のような巧みなテキスト構造です。
テアター・エカマトラは長い歴史を持つ劇団であり、多様な民族や文化を持つシンガポールを映し出す作品を制作し続けています。彼らは物語を異なる言語や文化に移し替えることを通じて、アイデンティティや価値観の違いを浮かび上がらせる「翻訳」を巧みに行っています。
このエカマトラの舞台版は、将来的には日本で上演されることを望んでいますが、今回は記録映像とトークによる紹介となります。ご覧いただく当時の上演映像は記録のためのものであり、映像作品として完璧なクオリティとは言いがたいものですが、初演時の雰囲気を理解するのに役立つ内容です。ぜひご覧いただければと思います。
作品解説
長島 確(東京芸術祭 FTレーベルプログラムディレクター)
河合千佳(東京芸術祭 FTレーベルプログラムディレクター)
『マライの虎』(テアター・エカマトラ/2018)を巡るトーク
日程:10月21日(土)、10月27日(金)
会場:東京芸術劇場 シンフォニースペース
料金:無料(要予約)
トークゲスト:
[10月21日]
貴志俊彦(京都大学 東南アジア地域研究研究所教授)
[10月27日]
アルフィアン・サアット(劇作家)
モハマド・ファレド・ジャイナル(演出家)
シャーザ・イシャック(クリエイティブプロデューサー)
滝口健(ドラマトゥルク、翻訳者)
司会:
長島 確(東京芸術祭 FTレーベルプログラムディレクター)
河合千佳(東京芸術祭 FTレーベルプログラムディレクター)
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