「日常と地続きに、とおくの音に耳を澄ませる」
作曲家・とくさしけんごインタビュー

9月1日に開幕した「東京芸術祭 2023」では、演劇やダンスなどの舞台作品のほか、池袋エリアで繰り広げられる「まちなかプログラム」を実施。その一つに、10月7日(土)、14日(土)に開催される音楽プログラム『とおくのアンサンブル』があります。

東京芸術劇場 アトリウムと、メトロポリタンプラザビル自由通路の吹き抜け空間を舞台に、点在する16人のトロンボーン奏者が一斉に音を奏で、観客は会場を回遊しながらその音に耳を澄ませる——そんな本プログラムを手がけるのは、作曲家のとくさしけんごさん。テレビドラマ『サ道』の劇伴をはじめ、これまでTV、CM、ゲーム、映像、展示などの音楽を多数作曲。また大のサウナ好きが高じてサウナのための音楽アルバム『MUSIC FOR SAUNA』シリーズも手掛けています。

今回はとくさしさんに『とおくのアンサンブル』の会場の一つとなる東京芸術劇場にお越しいただき、このプログラムが生まれた経緯や制作への思い、また楽しみ方について、東京芸術祭の人材育成プログラム「東京芸術祭ファーム2022」の「ファーム編集室 アシスタントライター」に参加した長沼航​​が伺いました。

(取材・執筆:長沼航 編集:船寄洋之 インタビュー撮影:橋本美花​​)


音によってまちなかの空間を意識する

——今回、とくさしさんは『とおくのアンサンブル』のコンセプト・演出・作曲を務められていますが、このプログラムはどのような経緯で生まれたのでしょうか。

とくさし:「東京芸術祭 2023」でFTレーベルプログラム・ディレクターをされている長島確さんと河合千佳さんに声をかけていただいたことが始まりです。もともとお二人がディレクターを務める「フェスティバル/トーキョー*」時代に、まちなかを舞台にしたプログラム『移動祝祭商店街』(2019年)などでお世話になっていました。当時からお二人とは、劇場やコンサートホール、美術館やギャラリーのようなホワイトキューブの外で行う表現の可能性について会話を重ねていたこともあり、そういったご縁から今回「東京芸術祭で音楽プログラムを一緒に作りませんか」とご提案いただきました。

*2021年に東京芸術祭実行委員会と統合

作曲家のとくさしけんごさん

——重ねてきた対話から発展したプログラムなんですね。実際に制作するにあたり、まず何から進められたのでしょうか。

とくさし:当初から、どんな演目になったとしても鑑賞者に「耳を澄ませる体験をしてもらいたい」と考えていました。私は「耳を澄ませる」という行為は都市の中でも感じられる「人間の野性の部分」だと思うんです。例えば、芸術の文脈で「耳を澄ませてください」と言われると、どうしても真面目、もしくはスピリチュアルなイメージを持たれがちですが、本当はその行為はイヤホンで音楽を聴いたりテレビの音を耳にしたりするのと同じ地平というか、もっと生活の中で当たり前にあるものなんですね。その意識が起点となり、みなさんに、都市の中で耳を澄ませるような体験を、日常と地続きで楽しんでいただけるようなものにしたいと思いました。

——鑑賞者が耳を澄ませて感覚を鋭敏にする。その体験が重要になるわけですね。

とくさし:そこから池袋のまちを歩いたりして、このプログラムにふさわしい場所をリサーチしていきました。いろいろな候補地やアイデアを出し合い、最終的に東京芸術劇場さんとメトロポリタンプラザさんにご協力いただけることになりました。

会場となる東京芸術劇場 アトリウム(左)・メトロポリタンプラザビル自由通路(右)

——『とおくのアンサンブル』は、16人のトロンボーン奏者が会場に点在して演奏を行い、観客がそこを自由に歩きながらアンサンブルに耳を傾けるという内容だと伺いました。このようなスタイルは初めて耳にしました。

とくさし:私も初めてです(笑)。実は、私も小学生の頃、管楽器クラブでトロンボーンを演奏していたんです。そのとき、吹奏楽とかオーケストラとか、大人数で演奏するときに、奏者が座っている場所、つまり音に取り囲まれているところでの体験にすごく打たれたんですね。音の中にいる、只中にいる、という感覚。その経験が、今回のプログラムを含め、私の活動の原体験になっていると思います。

——奏者全員が同じ楽器を演奏することも驚きです。

とくさし:例えば、トロンボーンとヴァイオリンとピアノと……そうやって違う楽器同士が音のやり取りをすると、それだけで物語性が生じてしまうんです。今回はそうではなく、二つの吹き抜け空間に同じ質感の音が柔らかく旋回するような補助線のようなものを入れたかった。それで同じ楽器だけによる編成にしました。

——奏者がいろいろな場所に点在するというアイデアも、その「補助線」と繋がっていそうです。

とくさし:普段、私たちは日常生活でも音楽鑑賞でも、前方から音が来ることに慣れています。テレビやスマホから流れる音も前方から聞こえますし、劇場やコンサートホールも前方に集中するような設計になっています。でも世の中の音っていろんな方向からやってきますよね。前からだけじゃなく、横からも後ろからも、上からも下からも。つまり、音の指標には音の高さや大きさ、音色の他に「方角」もあるわけです。だから、後ろからも音がするとか、すごく高い場所から音がするとか、東京芸術劇場の上層階にいる人は下からも音がするというように、音の方向感覚を意識できるような配置を考えました。

トロンボーン奏者を配置予定の東京芸術劇場の上層階を眺める

——トロンボーンという楽器の選択も興味深いです。

とくさし:さまざまな方向から音が聴こえるように、遠くに音を鳴らせて、楽器自体が方角を持っている金管楽器が適していると考えました。トロンボーンってスライドが大きな特徴ですよね。これがあることで半音のさらにあいだの音を出したり、「グリッサンド」と呼ばれる滑らかな音程の移動もできるので、それがこの楽器を選んだ最大の理由ですね。

歩き回って聴く場所を変えられるコンサート

——『とおくのアンサンブル』は、いろいろな人が行き交う公共空間で行われますが、おすすめの楽しみ方はありますか。

とくさし:このプログラムは予約もチケットの購入も必要ありません。しかも無料です。時間と会場だけ確認して来ていただければ大丈夫ですし、時間ピッタリに着かなくてもかまいません。つまり、なにも用意せずにふらっと通りかかってみてほしいんです。会場に近づいていくうちにだんだん音が聴こえてきて、日常と地続きの音楽体験が始まる。もちろん、ゆったりと外気浴をするように立ち止まって音を浴びていただいてもよいのですが、ぜひ、歩き回ったり、いろいろな場所で聴いてみていただきたいです。このコンサートでは静かにじっとしている必要はありません。聴く場所が変わると同じ楽譜でもきっと聴こえ方が違うはずです。その変化の原因が自分にあるという体験を試してみていただきたいですね。

——二つの会場でそれぞれ昼・夕方・夜と3回の公演が行われるのも大きな特徴だと思います。

とくさし:今回の楽譜は書き方がちょっと変わっていて、「ある音の残響がなくなったら次の音が入る」とか「ある音が聴こえたら次のセクションに移る」というように、奏者同士も耳を澄ませる必要があります。時間帯によって行き交う人の数は増減しますから、当然奏者の聴こえ方も変わってくる。そうすると演奏される音楽のテンポや長さも微妙に変わってくるんですね。とはいえ各回とも奏者の演奏する楽譜や配置は変わらないので、時間帯と観客の位置が変化のポイントになるわけです。なんだか理科の実験みたいですよね(笑)。なので複数回来ていただくと聴き比べられてより面白い体験になると思います。


——先日、東京芸術劇場でリハーサルをされたそうですが感触はいかがでしたか?

リハーサルの様子(東京芸術劇場 5F)

とくさし:今回はたくさんの方のご協力のおかげで、本当に素晴らしい奏者の方々にご参加いただいているのですが、それでもリハーサルはうまくいくのか不安でした。でも、いきなりうまくいっちゃったんですよね。本当に奏者に恵まれました。奏者のリーダーとなるコンサートマスター・山下純平さんのリーダーシップや手際のよさ、そして耳にものすごく助けられています。リハーサルを終えて、あらためてこのプログラムはディレクターの長島さんと河合さん、山下さんをはじめとする奏者の方々、そしてこの場所と地形、それを運営されているみなさまのご協力など、プログラムに関わる全てのみなさんと一緒に作ったものだという実感がわいています。東京芸術劇場でもメトロポリタンプラザでも、普段は立ち入れない場所で特別に演奏させていただく奏者もいるので、その様子も眺めながら楽しんでもらいたいですね。

音楽は時間体験のデザインである

——とくさしさんは先ほど、今回のプログラムを実施するにあたって「池袋のまちを歩きながらリサーチした」とお話されていましたが、ご自身は池袋というまちをどのように捉えていますか。

とくさし:実は中学・高校・大学と池袋を経由して通っていたので、まち自体は長く知っています。その中でも池袋の雑踏の匿名性や心地よい孤独みたいなものも好きですし、またまち歩き好きとしては池袋は中心部から要町や椎名町や板橋など周辺のまちへと向かう道が、もう、たまらないんです。大都市から沿線の味わいへと変わっていく何とも言えない雰囲気というか。耳を澄ますと音の密度も雑踏の密度の変化に合わせて変わっていくので、その変化も面白いんです。

——音の密度を意識して歩くと、新しい発見がありそうですね。「東京芸術祭 2023」では、とくさしさんに「秋の池袋を陽気にさまよう音楽10選」というプレイリストも作成していただきました。こちらはどのようなイメージで作られたのでしょうか。


音楽ストリーミングサービス「Spotify」でプレイリストを公開中

とくさし:私は音楽を時間体験のデザインだと捉えています。例えば、ポピュラーソングならサビや間奏、クラシックのソナタ形式だったら第1主題や第2主題、そういうようにブロックで考えることができます。でも一方で、気持ちよく聴いていたのに全くメロディを覚えてないことや、心地よかったけど何分の曲だったか思い出せないことってありませんか。このプレイリストでは、そういったある種、さまようような時間体験や記憶体験を楽しめる音楽を集めてみました。

——確かに聴いていて不思議な気持ちになる曲がたくさんありました。

とくさし:プレイリストには今回のプログラムに直接影響を与えた曲も入っているので、このプレイリストを聴いたり、池袋や周辺のまちをさまよったりしながら、途中で『とおくのアンサンブル』も通りがかって楽しんでもらえると嬉しいですね。

とくさしけんご
作曲家。1980年青森生まれ。
『MUSIC FOR SAUNA』シリーズ、ドラマ『サ道』劇伴、その他、TV、CM、ゲーム、映像、展示などのための音楽多数。『ととのうクラシック』など、クラシック音楽のコンピレーションシリーズ「新・クラシック セレクション」の監修もつとめる。第20回日本現代音楽協会作曲新人賞、第10回東京国際室内楽作曲コンクール第一位受賞。F/T19『移動祝祭商店街』、F/T20 移動祝祭商店街『その旅の旅の旅』では、その場所に元々ある音と共存し、まちの環境、聴覚に補助線を入れるような音楽プロジェクトを展開した。

『とおくのアンサンブル』

コンセプト・演出・作曲:とくさしけんご

10月7日(土):メトロポリタンプラザビル自由通路(JR池袋駅)
10月14日(土):東京芸術劇場 アトリウム
料金:無料・予約不要

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