【シリーズ・持続可能な舞台芸術の環境をつくる】東京芸術祭 2022 シンポジウム「芸能者はこれからも旅をするのか? ~コロナ後の国際舞台芸術祭における環境と南北問題~」:報告レポート

文章:シンポジウム制作担当
英語翻訳:クリス グレゴリー

本シンポジウムは、東京芸術祭が2020年より行っている「持続可能な舞台芸術の環境をつくる」というシリーズの一環として行われた。コロナ禍をきっかけにはじまったシリーズであるが、その名の通り、SDGs的な問題意識がその底流にはある。

シンポジウムのテーマはそのタイトルに明瞭に示されている。すなわち、国内外における移動に対して大きな制約をもたらした(もたらし続けている)コロナ後の状況と、またそれ以前から提起されていた航空機の二酸化炭素排出による環境問題とを踏まえつつ、それでもなお、舞台芸術に携わる人々は作品の制作・発表のために国際間移動を続けるべきであるのか、というものだ。パンデミックによる移動の制限は世界の多くの地域でかなりの程度緩和されてきているが、環境問題は引き続き無視しえないリミットとして、私たちに自省を促し続けている。

舞台芸術の世界では、フランスの振付家ジェローム・ベルが、作品制作やツアーのために今後は一切航空機を使わないことにする、という方針を2019年に発表し話題となった。航空機による移動は可能な限り列車移動に置き換え、あるいは自らは現地に赴かないまま作品のコンセプトやアイデアを現地作家との協働によって具現化する、といった道筋を探っているらしい。環境保全は地球の未来のための最重要のアジェンダであり、ベルの選択は異論の余地がないものと一見思えるかもしれない。しかし現実においては、誰もがそのような選択を簡単に取れるわけではない。いや、誰にとってもそれは簡単ではないだろうが、その困難さも均等ではない。文化資本が集中し、発達した鉄道網を備えるヨーロッパとその他の地域では、航空機の使用を断念することの痛みは大きく異なるだろう。環境問題は、地球上の誰もがそれと無関係ではないからこそ、それを語る者、そのコストを担う者の立つ位置の問題と切り離せない。本シンポジウムのタイトルに南北問題という言葉が含まれているのはそうした意識の現れだ。

上記のような問題設定を提示する、モデレーターの横山義志氏(東京芸術祭リサーチディレクター)によるイントロダクションにつづけて、三人のスピーカーによる発表が行われた。

一人目のスピーカーはアウサ・リカルスドッティル氏。リカルスドッティル氏は、世界各地の500以上の舞台芸術団体および個人からなる国際現代舞台芸術ネットワークIETMの事務局長であり、「パフォーム・ヨーロッパ」の議長も務めている。

パフォーム・ヨーロッパは、IETMに加え、欧州フェスティバル協会、シルコストラーダ・欧州現代サーカスネットワーク、 欧州ダンスハウスネットワーク 、そしてリサーチパートナーのIDEA Consultの五つの組織からなるコンソーシアムが主導するプロジェクトであり、「より包括的・持続可能・公正な仕方での国境を越えた舞台芸術作品の発表を考えること」 を目的としている。EUの文化芸術助成プログラムであるクリエイティブ・ヨーロッパの支援を受けており、同プログラムの参加国40ヶ国にイギリスを加えた41ヶ国のアーティストが関わっている。

当日の発表では、パフォーム・ヨーロッパで行ったヨーロッパの舞台芸術の国際公演についての調査結果や、パフォーム・ヨーロッパがEUに対してまとめた提言の中から、特にグリーン・トランジションに関わる論点が紹介された。同じヨーロッパの中でも、国際的ツアーやそのために利用できるリソースには大きな格差のあることや、エコロジカルなプロダクションやツアーのあり方を支援する助成プログラムがほとんど存在しないこと、エコロジカルな活動は金銭的にも関係者に与える負荷という意味でも非常にコストの高いものであることなどが指摘された。そして、今後なすべきは、環境の有限性や関係者全員の人的キャパシティを尊重しつつ、新たな形の助成スキーム――具体的には、エコロジーのための追加予算をそれとして明確に確保しつつ、環境に配慮した事業を優先し、規模・ペース・生産性の縮小を認めるようなスキーム――の構築であると述べられた。同時に、国や地域によって経済発展の度合いや政治的優先順位には大きな差があり、あらゆる地域の人々がただちに同じ程度でそうした実践へと取りかかれるわけではないということにも注意を促し、そうした現実の多様性への顧慮をも含みこんだものとして、「連帯」というキーワードを挙げて発表を締めくくった。

二人目のスピーカーであるマーティン・デネワル氏は、モントリオールの国際舞台芸術祭フェスティバル・トランスアメリークの共同芸術監督を、ジェシー・ミル氏とともに務めている。「土地承認*」 を述べること(これはフェスティバル・トランスアメリークにおいてもその実践の重要な一部であるという)から始められたデネワル氏の発表は、私たちが何を誰に負っているか、誰と何を分かち合っていくべきかについての繊細な配慮が全体に行きわたったものであった。

設立当初から先住民のアーティストたちが参加していたこと、フランス語と英語(この二者が植民者の言語であることにもデネワル氏は注意を促していた)を中心とした多言語のフェスティバルであること、この広大な地域における数少ない国際的な舞台芸術のフェスティバルであり、作品の共同制作・発表を行い国外のプログラマーとつながるための貴重な機会を提供するものとして、地元のアーティストたちに対して特別な責任を負っていることと、トランスアメリークの概要を紹介したあと、デネワル氏は、ここ20年間ほどのあいだに生じた、フェスティバル・プログラマーであることの意味の変化について触れた。デネワル氏によれば、かつてのやり方はヨーロッパ中心主義的かつ採取主義的(extractivist)であり、特権を持つ者がどこかへ出かけていって作品を見つけ、それを文脈から引き離して別の場所へと持っていくというものであった。そして作品をどのように紹介するかという判断は、芸術とフォークロア、芸術と人類学、革新と伝統といったそれ自体西欧的な二項対立に基づいてなされる。そうした「植民地プロジェクト」(アニバル・キハノ、ウォルター・ミニョロ)としてのキュレーションから離れて、今日のフェスティバルはより多様性を志向し、地域社会との連携を模索するものとなっている。チュニジアの芸術祭ドリームシティとアゾレス諸島の芸術祭ウォーク&トークがその例として紹介された(これらの参照項のプラネタリーな広がりは驚嘆すべきものだ)。

デネワル氏は発表の最後に「歓待(hospitality)」という言葉の語源であるラテン語のhospesは、「主人(host)」と「客(guest)」の両方の意味を持つものであると述べた。自分が誰かにとってゲストであるならば、潜在的にはホストでもあり、その逆も然り。友人という語がそうであるように、hospesとは相互的なものであるのだ。 こうした相互性の認識は、植民地プロジェクトを乗り越え、あらゆる他者とのあいだに持続可能な関係を形成していくための出発点となるものではないだろうか。


* 土地承認(land acknowledgement)とは、あるイベントなどを行う際に、それが行われる土地が伝統的に先住民族のものであったことを認め、表明すること。カナダでは特に、2015年の真実和解委員会の報告書以降一般的となった。

最後のスピーカーはシンガポール国際芸術祭(SIFA, Singapore International Festival of Arts)ディレクターのナタリー・ヘネディゲ氏である。シンガポール国際芸術祭は1977年にシンガポール芸術祭として創設されたものであり、演劇やダンス、音楽など様々なジャンルの作品を扱う舞台芸術祭である。ヘネディゲ氏は、もともと2019年に2021-2023年度のディレクターとして指名され、当初は2020年よりSIFAでの仕事を始める予定であったが、コロナ禍のために2020年度はフェスティバル自体が中止。これに伴って任期が一年後ろ倒しとなり、今年2022年、第1回目のフェスティバルを実施することとなった。発表では、こうしたコロナ状況を強く意識しながら行われた今年度のSIFAの内容が詳しく紹介された。

まず、SIFA 2022の核の一つとなる〈クリエイション〉という枠組のもとで発表された作品がいくつか紹介された。シンガポール・チャイニーズ・オーケストラとトゥヤン・イニシアティブがコラボレーションし、東南アジア地域およびその先住民の文化世界を視聴覚的に具現化した《MEPAAN》、シンガポールの演出家オン・ケンセンによる作品で、ベルリンのアーティスト、ミヒャエル(ラ)・ダウド によるドキュメンタリー映像と、シンガポールの女優ジャニス・コーによるSNSを用いたパフォーマンスを組み合わせた《プロジェクト・サロメ》など、いずれも芸術ジャンルと地理的・文化的境界を跨ぎ越える、越境性を特徴とした野心的な作品たちであった。続けて、芸術表現のための新たなヴァーチャルな場の発見と活用を目指すものとして立ち上げられた〈ライフ・プロフュージョン〉についての紹介がなされた。このプラットフォームでは、大規模なデジタル作品の委嘱に加え、思考や議論のためのリソースや場の提供を行ったという。そして、デジタル空間の探究の重要性に触れつつ、変化しつづける世界に対して注意を研ぎ澄ませつづけ、芸術に固有の言語でもってそれに応答していかねばならないということを強調し、発表を締めくくった(なお、この日の発表の中では詳しく触れられなかったが、SIFA 2022では〈クリエーション〉と〈ライフ・プロフュージョン〉に加えて、より野心的な作品を提供するための場として〈SIFA X〉というトラックが設けられている。これはフェスティバル内フェスティバルの形をとっており、2022年はシンガポールのカンパニーSAtheCollectiveがディレクションを担当した)。

後半では、3名の発表に対しまず長島確氏(東京芸術祭FTレーベルプログラムディレクター・ファーム共同ディレクター)から短いコメントがなされ、それをとっかかりとして議論がなされた。事業を支えるネットワークの形成の仕方(そこにおける対面/オンラインコミュニケーションの役割)、フェスティバルと地域、あるいは「外部」と「地元」、デジタルプラットフォームの可能性、西洋的思考のアンラーニング……紙幅の関係上、多岐にわたってなされた議論を要約することはもはやできないが、さらなる思考/試行のための様々なヒントや刺激がそこにはちりばめられていた。

シンポジウムを締めくくる中で横山氏は、人に(直接)会う時間を取ることを、「舞台芸術の持つ大事なタスク、あるいは特権」と表現した。そう、人に会うこと、そのために旅をすることは、タスクかつ特権であり、困難かつ可能性なのだ。こうした両義性の認識を携え、それ自身の持続可能性を問い直しながら、芸能者の旅は続いていくだろう。

【シリーズ・持続可能な舞台芸術の環境をつくる】東京芸術祭 2022 シンポジウム
「芸能者はこれからも旅をするのか? ~コロナ後の国際舞台芸術祭における環境と南北問題~」

期間:2022年10月~2022年12月11日(日)まで配信(配信終了済)
場所:オンライン配信
言語:英語(日本語字幕付)
プログラム詳細:https://tokyo-festival.jp/2022/program/symposium_i

登壇者:
アウサ・リカルスドッティル(IETM事務局長、「パフォーム・ヨーロッパ」コンソーシアム議長)
マーティン・デネワル(フェスティバル・トランスアメリーク共同芸術監督)
ナタリー・ヘネディゲ(シンガポール国際芸術祭ディレクター)
*お名前のカタカナ表記を現地語の発音に合わせて修正しました。

モデレーター:
横山義志(東京芸術祭リサーチディレクター)
長島確(東京芸術祭FTレーベルプログラムディレクター・ファーム共同ディレクター)