Young Farmers Forum 活動レポート
「協働」に立ち会い、思考し続けた4カ月

東京芸術祭ファームの企画に伴う各種レクチャーやプレゼンテーションなどに参加、作品の制作過程にも立ち会いながら、国際協働についての知見を深めるYoung Farmers Forum。海外での活動に精通していない若いアーティストを対象にしたこのプログラムでは、日々の活動レポート(非公開)と最終レポートを執筆する以外に、作品制作などの「成果」は求められない。では、2021年7月下旬、芸術祭の開幕に先立って行われたオリエンテーションから、11月末の閉幕まで、このプログラムの参加者6名は、何を見て、何を感じていたのか。芸術祭ウェブサイトで公開中の最終レポートからの引用も交えつつ、その活動の内容、意義を探ってみよう。

(構成・文:鈴木理映子/東京芸術祭ファーム OPEN FARM編集担当)

2021年度のYoung Farmers Forum(YFF)の活動は、7月下旬開催のオンラインでのオリエンテーションから始まった。書類審査を経て選ばれた参加者は6名。全員が舞台芸術のクリエーションに携わる若手のアーティストだが、ダンスや演劇といったジャンルはもちろん、活動拠点や(「若手」とはいえ)年齢にも幅のある顔ぶれだ。最初の自己紹介は、オンラインでの初顔合わせということもあり、どこかぎこちなく、それほど多くの言葉が交わされたような記憶はない。ただ、それぞれのコメントからは、「国際協働のための知見」というプログラムが掲げた目的以上に、表現のジャンルや活動場所、所属する集団など、普段のフィールドと離れたところで、他者と交流し、自分の表現やその手法を見直したい、という思いが滲んでいたように思う。

活動開始当初の緊張感を徐々にほどき、各自の思考を深化、発展させる土壌となったのは、「コミュニケーションデザイン」にかかわる実践やレクチャーだった。東京芸術祭ファームには、プロジェクトに参加する一人ひとりが、安心して創造に取り組めるコミュニケーション環境をつくるための「ガイドライン」が用意されている。前述のオリエンテーションでも、このガイドラインを全員で読み上げ、共有する時間がとられていた。差別やハラスメントの禁止、他者の権利侵害に関する禁止を軸とするその内容は、現代ではどれも「当たり前」ともとれるもの。だが、何が差別やハラスメントにあたるのか、例を上げながら丁寧に確認していく作業は、YFFのメンバーにとって新鮮で、自分自身がどうこのプログラムに関わっていくのかをあらためて確認する時間ともなったようだ。「皆が他者へのリスペクトを前提として活動していることがあらかじめ共有されたことによって、お互いを守ることにつながり、安心して活動に参加することができたのである」(加藤理愛)、「こういった考え方が目に見える形で設定され、約束されている(同じく参加者同志も約束する)というだけでも、プログラムへの参加態度や仕方が変わってくるものだ、というのは新たな発見だった」(三浦雨林)

ガイドラインには「自分の立場(地位、年齢、性別国籍など)が周囲に与える影響に自覚的になり、適切に発言、行動すること」ともあり、後に彼らが見学した創作現場でも、コミュニケーションデザインチームのもとで、その場に参加しているメンバー全員の役割、仕事を明らかにしてから活動を始めるといった手続きがとられていた。こうした細やかさもまた、創作プロセスを共有し、より充実したコミュニケーションを促す試みの一つとして印象に残ったようだ。

それぞれのスケジュールに合わせて芸術祭のプログラムを鑑賞する一方、9月中旬から10月末には、「Asian Performing Arts Camp」(以下Camp)の活動、中間・最終公開プレゼンテーションに同席、加えて「Farm-Lab Exhibition」の稽古場見学にも赴いた。

Campは、アジア各地で創作活動を行うアーティストが、問題意識やテーマを持ち寄り、ディスカッションし、思考や手法を展開させる企画。オンラインでの開催ではあったが、二人のファシリテーター(JK アニコチェ、山口惠子)のリードもあって、常にアットホームでリラックスした雰囲気の中で対話が進められた。生まれ育った場所、活動拠点、宗教、表現分野など、それぞれに異なる背景を持つCampのメンバーたち。そのディスカッションとリサーチ、プレゼンテーションまでのプロセスは、「メンバーそれぞれが異なる出自ながらも、自分の居場所や存在意義を問いかけている」(五島真澄)とレポートにもあるように、一人ひとりの関心や思いを率直に、丁寧に反映するものだった。最終プレゼンテーションでは、互いの関心を自然に重ね合わせたコラボレーションも生まれ、笑いや涙を誘うシーンも。「8名のアーティストのリサーチがリンクする部分が繋がり、他者を介することでより鮮明に浮かび上がる価値観と多様性がそこにあった」(五島)

(Asian Performing Arts Campの最終プレゼンテーションのレポートはこちら)

また「Campのプレイヤーそれぞれの団結力が高く、オンラインでのクリエーションを幾度も重ねた上で強固な連携が取れていると見て感じられたこと、また、オンラインで発表される作品としてはこの上なく密度の高い作品を目撃することができた」(三橋亮太)、「場のファシリテーションと、オンラインでプレゼンテーションをする上での技術の相乗効果によって、離れていても感覚の共有が可能になっていた」(加藤)など、オンラインでの作品づくりや発表の強みや今後の可能性に言及する者も多かった。

Campで展開されたオープンでフラットな対話や共有の試みは、4カ国から出演者、スタッフが集いトライアル公演を行うFarm-Lab Exhibition『unversed smash』(以下FLE)の稽古場でも重要な課題として扱われていた。敷地理とネス・ロケが「ディレクションチーム」として、コンセプト=「新しいスポーツ」を練り上げ、作品の枠組みをつくっていく同作の稽古は、はじめからできあがった筋書き、振付を伝達するのではなく、その日、その時ごとに、トピックを設定したワークショップ形式で進められていた。身体的な動きを伴う試行錯誤はもちろん、スポーツや政治、社会についてのディスカッションも含むそのプロセスには、コミュニケーションデザインチームも立ち会っており、その場自体が、クリエイティブな協働作業のありようを探る実験場のようになっていたことも、YFFメンバーには新鮮に映ったようだ。「稽古場の空気の変化や、創作環境の息遣いなど、自身がクリエイションの輪の中にいる時には感じにくいことをいくつも発見し拾い上げることが出来た。トランスレーターの方たちが参加者および作品に寄り添う様子や制作面においてのスピード感なども、驚きの連続だった。自身としては、上演作品としての輪郭を帯び始めるまでには時間がかかったように感じる。会場に入りゲネプロを観劇した際に、なるほどと膝を叩いた」(三橋)。「ネスさんが序盤の稽古でおっしゃっていた、コラボレーションする時には全てを知る必要はなく、それが信頼である、という内容にすごく感動したのも覚えている。私はここに、知られたくないことを知られないようにする「セーフ・スペース」の存在と、知らなくても大丈夫という寛容な雰囲気作りの重要性を感じた」(加藤)

他者との協働を前提とする舞台芸術に関わる者にとって、個人の関心と他者との関係をどう考え、対話していくかは、クリエーションの最初の一歩であり、キャリアを重ねても逃れ得ない課題だ(もちろん、それは観客との関係づくりにもつながっていく)。YFFメンバーの最終レポートでは、CampやFLEで示された手法に納得しつつも、それぞれが自らの創作と他者との関係について、思考をめぐらせている。「これまで、団体活動の中で個人の意思が消されることに危険性を覚えていた。しかし、そもそも自分は自分の意思をうまく汲み取ることができるのだろうか。個人による個人の表現は、制限されていないと言い切れるのだろうか。(略)また、自分が表現したいものを表現することが、その個人にとって一番に優先されるものなのだろうか」(鈴木まつり)。「ExhibitionとCampを継続的に見学した中で「クリエイション時にパーソナルな開示は必要か?」という新たな疑問が生まれた。個人的には開示をしなくてもいいような環境づくりをしてきたつもりだ。個人的な開示を必要とせずにクリエイションは出来る、と考えていたが、場合によっては個人的な記憶や個人的なものの共有が必要な場合があるのもわかる。しかし、そのような状況になった時、どのような環境づくりが出来るだろうか。(略)まだ答えは出ておらず、どのように考えたらいいのかわからない。今後自身の年齢や立場が上がっていくにつれて更に無視できないことになっていくだろう」(三浦)

創作現場での決まった役割もなく、いわば傍観者として、およそ4カ月にわたり、東京芸術祭ファームの創作現場に立ち会うことを通し、YFFメンバーたちは、自らの活動を見直し、問いを立てていった。それらは、普段の活動の中でもいつかは見出されるものだったのかもしれない。だが、歴史や文化など、一人ひとりの違いが前提とされ、コミュニケーションデザインの概念を強く意識した国際協働の場であったからこそ、今、それを明確にすることができた、とは言えるだろう。この体験を経て、彼らが今後どのような活動を行うのか。それが国際協働につながっていくのかどうかは、まだ定かではない。とはいえ、国境や文化の越境も含めた「他者」とのあらたな関係づくりのための種まきはなされた。YFFは、参加者6名の小規模なプロジェクト。だが、一粒の種でも、いくつもの花を咲かせ、さらにいくつもの種を生み出すことを思えば、若い彼らに託された可能性は大きい。

Young Farmers Forum 最終レポート 全文 / プログラムの詳細はこちらから
https://tokyo-festival.jp/2021/farm_program/yff/

鈴木理映子

編集者、ライター。演劇情報誌「シアターガイド」編集部を経て、2009年よりフリーランスとして、舞台芸術関連の原稿執筆、冊子、書籍の編集を手がける。成蹊大学文学部芸術文化行政コース非常勤講師。【共編著】『<現代演劇>のレッスン』(フィルムアート社)【共著】「翻訳ミュージカルの歴史」(『戦後ミュージカルの展開』森話社)、「漫画と演劇」(『演劇とメディアの二十世紀』森話社)【監修】『日本の演劇公演と劇評目録1980〜2018年』(日外アソシエーツ)、ウェブサイト「ACL現代演劇批評アーカイブ」(https://acl-ctca.net/)