東京芸術祭ワールドコンペティション ディレクター・横山義志のブログ

「推薦人」、あるいは新たな舞台芸術の枠組みを日々つくっている人たちのこと

2019/10/26

「東京芸術祭ワールドコンペティション」の参加アーティストを決めるにあたって、どう選ぶのがよいか、いろいろ考えたのですが、各地域の重要なフェスティバルのプログラムを組んでいる方に推薦していただくのがよいだろう、という結論に至りました。なぜなら、その方々は、まさに今の舞台芸術界の価値基準や枠組みを作っている方々だからです。そんな方々に参加いただくことができれば、このコンペティションにいらした観客のみなさんにも、今の「世界基準」がどのようにできているのか体感できるでしょうし、それがちょっとしたことで(たとえば一人のアーティストとの出会いで)変わっていく可能性がある、ということも分かっていただけるでしょう。

そのために、推薦人の方々には、推薦理由を話していただく「推薦人プレゼンテーション」、そしてそれぞれの活動や各地域の舞台芸術状況などを話していただく「推薦人トーク」をお願いしています。どちらも無料・予約不要でご参加いただけます。推薦人の方々にも、一緒に舞台を見ていただきます。みなさん、まだ知らないアーティストに出会えるのを楽しみに東京にいらしてくださるので、アーティストや制作の方もぜひ推薦人にお声がけください。

ふつうフェスティバルのプログラムを組んでいると、どうしても「今来てくれているお客さん」がメインターゲットにはなりますが、長年つづけていくためには、もっと先のことも同時に考えなければなりません。「推薦人」の方々には、「まだ世界的には知られていないが、2030年代には重要になるであろうアーティスト」を推薦していただきました。同業者として尊敬しているこれだけの方々が今回「推薦人」を引き受けてくださったのは、みなさんいつも頭の片隅で「10年後のこと」を考えてはいても、それをシェアする機会はあまりなかったからかもしれません。それをみんなで考えることができるようになったら、舞台芸術の価値基準や枠組みも、少しずつ変わっていくでしょう。

各地域の「推薦人」を、少しご紹介させてください。

【アジア】キム・ソンヒさんはもともと欧米のモダン/コンテンポラリーダンス状況に詳しく、ソウルでモダン・ダンスのフェスティバル「モダフェ」を立ち上げた方でした。その後、一つのジャンルにとらわれない「多元芸術」という新たな枠組みを提唱して、その多元芸術のフェスティバルとして「フェスティバル・ボム」を創立しました。そしてソンヒさんが芸術監督としてプログラムを組んだ2015年の「光州アジア芸術劇場オープニング・フェスティバル」は、アジアの舞台芸術にとって、記念碑的なフェスティバルでした。ソンヒさんが文字通りアジア中を回って、自分の目で選んできた「アジアのコンテンポラリー」を体現するアーティストたちが集まり、そして世界中から重要なプロデューサーも集まって、私にとっても「これからのアジア」を考える重要な機会となりました。

【オセアニア】スティーヴン・アームストロングさんは、今一番アジアを飛び回っているプロデューサーの一人です。アームストロングさんが拠点としているメルボルンでは、アジア系住民は多いものの、アジアの先端的な文化が脚光が浴びる機会はあまりありませんでした。アームストロングさんが2017年に立ち上げたアジアTOPA(アジア太平洋舞台芸術トリエンナーレ)では、アジア各地から選りすぐりのアーティストたちが集結し、オセアニアのアーティストたちとのコラボレーションも数多く展開されていました。開幕式ではオセアニア・太平洋地域から集まった人々が、マオリの「ハカ」など様々な歓待の儀礼を見せ、アジアから来た人々も各地の儀礼や歌でそれに答えて、アジアとオセアニアとの結びつきを体感することができました。『ハウリング・ガールズ』はオーストラリア舞台芸術界でかなり話題になった作品ですが、その演出家のアディナ・ジェイコブズもインドネシアのアーティストとコラボレーションしています。

【ヨーロッパ】アニエス・トロリーさんは、72年前から南仏で行われている世界で最も知られた演劇祭の一つ、アヴィニョン演劇祭のプログラムディレクターです。トロリーさんは、まだ知られていないアーティストを自分の目で見て評価し、育て上げてきたプロデューサーで、現アヴィニョン演劇祭芸術監督のオリヴィエ・ピィさんも、無名の劇作家・演出家だったころにトロリーさんと出会いました。トロリーさんとピィさんはかつて若手劇団のための「フェスティバル・アンパシヤンス」を立ち上げ、受賞作品のツアーを支援し、多くのアーティストを世に出してきました。今回トロリーさんはご本人の事情で来日できなくなりましたが、代わりにトロリーさんやピィさんを長年に渡って支えてきたアヴィニョン演劇祭ディレクター代行のポール・ロンダンさんが会期前半にいらしてくださることになりました。

【アメリカ】カルメン・ロメロ・ケロさんは「サンティアゴ・ア・ミル・フェスティバル」を1994年に立ち上げ、南北アメリカ大陸・スペイン語圏で最も重要な舞台芸術祭の一つに育て上げたプロデューサーです。カルメンさんはチリ演劇界を支えてきた方でもあり、チリ/ラテンアメリカの政治状況に応答してきたチリの演劇人たちを世界に送り出してきました。同時に世界のアーティストを自分の目で見出し、サンティアゴ・ア・ミル・フェスティバルを通じてアメリカ大陸やスペイン語圏に紹介してきました。今回、初来日となります。

【アフリカ】のワガドゥグ国際演劇・人形劇祭ディレクター(ブルキナファソ)を率いるキラ・クロード・ガンガネさんは、フランス語圏アフリカを代表する劇作家・演出家の一人だった父ジャン=ピエール・ガンガネ氏によって創設された芸術学校とガンビディ・文化スペースを引き継ぎ、劇団も運営しています。アフリカ文化に根ざしたコンテンポラリーな舞台芸術をつくろうとしているガンガネさんは、「世界基準を問いなおす」という東京芸術祭ワールドコンペティションの理念にとても共感してくださっていたのですが、ご自身のフェスティバルとのスケジュール調整がつかず、今回はビデオメッセージでのご参加となりました。

もちろん世界にはまだまだたくさんのフェスティバルや劇場があり、舞台芸術界の全体を一息で変えられるような方法があるわけではありません。でも、今回「推薦人」になってくださった方々は、実際にご自身のヴィジョンをもとに、少しずつ新たな枠組みやしくみを作ってこられた方です。一人一人のイニシアチブ、一人と一人の出会いで、世界は変わっていきます。そのことを体感するためにも、ぜひワールドコンペティションで「推薦人」たちに会いにいらしてください。

横山義志(よこやま・よしじ)

東京芸術祭国際事業 ディレクター/東京芸術祭ワールドコンペティション ディレクター

1977年千葉市生まれ。中学・高校・大学と東京に通学。2000年に渡仏し、2008年にパリ第10大学演劇科で博士号を取得。専門は西洋演技理論史。2007年から SPAC-静岡県舞台芸術センター制作部、2009年から同文芸部に勤務。主に海外招聘プログラムを担当し、二十数カ国を視察。2014年からアジア・プロデューサーズ・プラットフォーム(APP)メンバー。2016年、アジア・センター・フェローシップにより東南アジア三カ国視察ののち、アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)グランティーとしてニューヨークに滞在し、アジアの同時代的舞台芸術について考える。学習院大学非常勤講師。論文に「アリストテレスの演技論 非音楽劇の理論的起源」、翻訳にジョエル・ポムラ『時の商人』など。舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事、政策提言調査室担当。

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