東京芸術祭ワールドコンペティション ディレクター・横山義志のブログ

2030年代に向けて、世界基準を複数化する 〜東京芸術祭ワールドコンペティション2019〜

2019/09/16

この秋、「東京芸術祭ワールドコンペティション」がはじめて開催されます。このコンペティションを通じて、とりわけ次代を担う日本やアジアのアーティストたちが世界の舞台芸術界で活躍できる仕組みをつくるにはどうすればよいか、みなさんと一緒に考えていく場をつくっていければと思っています。なので、このコンペティションには、いずれ海外でも活動していきたいと頭の端で少しでも思っているような演出家、劇作家、俳優、振付家、ダンサー、パフォーマー、ドラマトゥルク、キュレーター、制作者、技術スタッフ、批評家、ジャーナリスト、研究者、学生・・・といった方々、それにもちろん舞台芸術を支えている観客のみなさん、さらにはもっと広い視点で、次代の芸術や社会全体について考えたい方々にご参加いただきたいと思っています。
・・・ということが伝わるには、いろいろ話さなければいけないことがあるということに、最近いろんな方と話してみてわかってきました。というわけで、ちょっと長くなってしまいますが、一つ一つ順を追って、なんでこんな企画をやっているのか、みなさんにお伝えしてみたいと思います。

1.日本で気になっていたこと

 ここ10数年、気になっていたことが一つあります。日本の舞台芸術関係者、特に自分より若い世代の人たちに、海外で出会う機会が少ないことです。

 私は2000年から2007年までパリで演劇史を研究していたのですが、年々おもしろい舞台が減っている印象がありました。日本よりもフランスのほうが、劇場やアーティストを支える制度はずっと充実しているのですが、その分、感性や身体に響くものよりも「企画書は面白かったんだろうな・・・」と思ってしまうものが増えてきたように思いました。「ヨーロッパ人はなぜ歌や踊りのない演劇を発明したのか」というのが博士論文で扱ったテーマでしたが、そのなかで、身体的なもの・感性的なものを評価する仕組みが失われていったことも見えてきました。

 なので、これからは日本のほうが希望があるのではないか、と思ったのが、日本の劇場で働くことにした理由の一つでした。日本にもっと世界につながる回路ができれば、活動の幅が広がるアーティストはたくさんいるはずだと思うのです。国際演劇祭のプログラムを組むために世界各地の舞台芸術祭に足を運ぶ機会をいただきながら、どうしたらそのための回路をつくれるのか、ずっと考えていました。

 パリの大学の演劇科では日本人学生が減っていき、気がつくと韓国人、台湾人、そして中国人が増えていました。数年前にニューヨーク大学に行った時も似たような状況でした。世界の舞台芸術祭でも、私より若い世代では、日本よりもアジアの他の地域出身のアーティストのほうが年々増えてきている気がします。日本がこれまで強みにしてきた西洋とのコネクションについても、すでに大きく事態が変わっています。パリやニューヨークで学んできたアジア人たちは、各地域ですでに舞台芸術界を大きく動かしていっています。最近はヨーロッパで話題の作品が中国、台湾、韓国では見られるが日本では見られないというケースが多くなってきました。

 その理由として一番大きいのは、日本では海外で起きていることに興味がある人が減っているということです。久々に東京で働いてみて驚いたのは、海外の作品にお客さんが入りにくくなっているということでした。一方、近年ようやく国際文化交流が盛んになった中国では、自分たちが知らない世界を体感することへの渇望があります。それに人口規模もちがうので、同じ作品を公演しても、日本でやる場合より数倍大きなキャパシティの劇場で何日も公演しても、すぐに満席になります。

 日本では20年ほど前に公共劇場が次々とできて、演劇やダンスの教育課程も増え、舞台芸術をめぐる状況は一見すると充実してきているようですが、海外から見ると、日本の舞台芸術界は以前よりも閉じてしまった印象を持たれています。最近もフランスのプログラマーから「中国、韓国、台湾のアーティストからはよく売り込みがあるが、日本のアーティストにはあまり出会えていない」といった話を聞きました。たしかに韓国や台湾のアーティストと話していると、自分の国・地域だけでは市場が小さいので食べていけない、海外で注目を浴びないと助成金がもらえないといった事情で、どうにかして海外で自分の作品を発表したい、という話を聞きますが、日本はそれなりの規模の市場があるということもあるのでしょう。

 そもそも私が東京芸術祭で働きたいと思ったのは、日本国内の、これから活躍する人たちともっと出会いたいと思ったからでした。実際、舞台芸術の教育課程はかなり東京に集中しています。でも東京で活動している若手のアーティストと話してみると、商業的な仕事をせずに舞台で食べていける展望を描くのはかなり難しいようです。だとすれば状況は韓国や台湾とさほど変わらないのかもしれません。日本のアーティストが海外での活動を選択肢の一つと考えやすくなるような仕組みをつくるにはどうすればいいのかと、ここ数年考えてきました。

2.アジアで気になっていたこと

 もう一つ、ここ数年気になっていたことがあります。それは、日本でアジアのコンテンポラリーな舞台芸術作品を紹介するのはなぜ難しいんだろう、ということです。私は「ふじのくに⇄せかい演劇祭」のために海外の作品を提案することを主な仕事にしてきましたが、結果として選ばれる作品の多くはヨーロッパのものでした。アジアの方が近いのに、なぜヨーロッパの作品のほうがずっと多くなってしまうのか。それは、そもそも「現代演劇」・「コンテンポラリーダンス」といったジャンルの「世界基準」が、実はヨーロッパ基準だからなのかもしれません。逆にヨーロッパの舞台芸術祭で日本を含めアジアの作品が少ないのも、地理的な遠さだけが原因ではないでしょう。

 アジアの作品を増やすには、「世界基準」自体を問い直す必要があります。もしインドがイギリスを植民地化したパラレルワールドがあったとしたら、そこでの舞台芸術(?)界の状況は大きく違っているでしょう。でも今、日本やアジアの作品が評価されうる新たな基準をつくっても、それが世界中の人が受け入れたいようなものにならなければ、結局のところ「日本やアジアのアーティストが世界中で活躍できるようにする」という目的は達成されないでしょう。それにアジアのなかだって、価値観はかなりいろいろです。だったら世界中の人たちに声をかけて、「世界基準」自体を問い直す機会がつくれないか。でもどうしたらそれができるのか。

 ずっと気になっていたこの二つのことを、どう解決したらいいのか。そこで思い出したのが、古代ギリシア悲劇がコンペティションという形で上演されていたということでした。これはまさに舞台を見るときの基準を問い、つねに更新していく仕組みでもあります。

(Directors blog vol.2 『3.なぜコンペティションか?』へつづく)

横山義志(よこやま・よしじ)

東京芸術祭国際事業 ディレクター/東京芸術祭ワールドコンペティション ディレクター

1977年千葉市生まれ。中学・高校・大学と東京に通学。2000年に渡仏し、2008年にパリ第10大学演劇科で博士号を取得。専門は西洋演技理論史。2007年から SPAC-静岡県舞台芸術センター制作部、2009年から同文芸部に勤務。主に海外招聘プログラムを担当し、二十数カ国を視察。2014年からアジア・プロデューサーズ・プラットフォーム(APP)メンバー。2016年、アジア・センター・フェローシップにより東南アジア三カ国視察ののち、アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)グランティーとしてニューヨークに滞在し、アジアの同時代的舞台芸術について考える。学習院大学非常勤講師。論文に「アリストテレスの演技論 非音楽劇の理論的起源」、翻訳にジョエル・ポムラ『時の商人』など。舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事、政策提言調査室担当。

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