これからの舞台芸術はどうなるのでしょう。
APAF(エーパフ)は東京芸術祭のなかのただひとつの「人材育成プログラム」として、アジア各国から若手アーティストを集め、スタートしました。飛び交う多言語、真剣な熱気──。彼らの姿には、アジアが抱える課題とそれに向き合う力強さ、また迷いも滲みます。アジアのアーティストたちが国境を越えて「移動」し、いずれ世界をフラットなフィールドととらえる感覚を育てようとする現場が、そこにはありました。
<APAF実施概要>
APAFは今年から新たに3本柱のプログラム構成となりました。作品制作をする『Exhibition』、2カ国でフィールドワークする『Lab.』、東京でのアーティストのインターンシップ制度『Young Farmers Camp』に、それぞれ数カ国から選ばれた20〜30代前半のアーティストが参加します。春から準備を重ね、本格的に始動したのは9月末。そして10月25〜27日に、東京芸術劇場シアターウエストで作品発表&報告プレゼンテーションがおこなわれました。
Exhibition『ASIA/N/ESS/ES』(公演10月25、26日/ラップアップ27日)
このプログラムには、5カ国からアーティストが参加しました。目的は共同で“多国籍・多文化作品を創る”ことを通じ、作品創造の新たな可能性を模索すること。6月にオーディションが行われ、作・演出はフィリピンのイッサ・マナロ・ロペスと、日本の京極朋彦が共同でつとめました。出演者だけでなく、演出助手、美術、
1カ月かけて制作された作品タイトルは『ASIA/N/ESS/ES』(エイジアネセズ)。「アジアらしさとはこうだ」と決まったものはなく、それぞれのアジアらしさがあるという思いが込められています。10月25 、26日に行われた公演の会場ロビーには『「アジア」と聞いて連想する言葉を書いてください。』とコーナーがあり、観客達によって付箋が貼られています。「暑い」「ほほえみ」「竹」「Noodle」「湿度」「見えない壁」「Typhoon」……アジアとはいったいなんでしょう。
発表された作品では、インドネシア、タイ、フィリピン、日本、台湾などそれぞれの出演者のパーソナリティが浮き彫りになります。朝のなにげない風景、偶然巻き込まれたインドネシアのデモ、タイでアートを模索する中での所在なさ、またこの作品のために日本滞在している間に誰かと話した言葉……そういった個人の記憶が再現されます。その中には、伝統衣装で踊る場面もあり、と文化・歴史が垣間見え、同じ「アジア」という言葉ではくくれないことが際立ちます。後半、アメリカ出身の原啓太が生まれ故郷を旅したエピソードでは、ニュージャージーの景色が目の前にあらわれたようです。「アジア」を越えたさらなる広がりを感じ、視点が一段上がった気がしました。世界はアジアの先にも広がっている……と。
また、開演前や終演後には、出演者らがハグをして気合いを入れたり、互いにねぎらう姿も。『Exhibition』のキャッチコピーである「ひとりでは、たどり着けない場所へ」を連想する一幕でした。
翌日にはプログラムを振り返る「ラップアップ」(まとめ)も開催され、参加者らが、多国籍・多文化の作品・観客・意義などについてトークしました。出会って1カ月の若いアーティストたちが「アジアってなんだろう」「これからなにをしていったらいいんだろう?」と、プログラム中にうまれた思いを口にします。具体的な答えは出なくとも、この機会を通して同じアジア人と言われる人たちと出会い、出会うことで知ろうと思い、また自分の足元をも振り返った機微が素直に感じられました。
『Lab.』最終プレゼンテーション(10月27日)
Lab.は、成果物(完成作品)を求めるプロジェクトではないという意味で、長期的な視点で“人材育成”をとらえた貴重な企画です。参加者はプログラムキャプテンのオランコソン(藤原ちから、住吉山実里)とともに、インドネシアと東京に1週間ずつ滞在し、フィールドワークを行いました。参加したのは7カ国から8名。日本からは2人ですが一人は千葉、一人は高知と活動拠点は違います。
活動報告となる最終プレゼンテーションは、27日に行われました。期間中にどんなことが行われてきたか、劇場ロビーでの展示物から断片を垣間みることができます。観劇、レクチャー聴講の記録展示。ミーティング時の音声が流れ、文字でディスカッションする『筆談会』の記録では、英語、漢字、ハングル、ひらがななどが四方八方に書かれています。また、ジョグジャカルタの人形劇団でつくったパペットの展示など、彼らの1カ月弱の軌跡を、視覚・聴覚・触覚で知ることができました。
ステージでの発表では、成果物を求めないということでパネルディスカッションなどが行われるのかと思いきや……いざ始まったのは笑いと混乱の『偽ポストパフォーマンストーク』でした。
全員が横一列に座り、突然「お疲れさまです。50回目の公演はいかがでしたか?」「印象的なあのダンスにはどんな意味が?」など、実在しないパフォーマンスについて、あたかも今終演したかのようにトークが進んでいます。なかには「開演前、気合い入れの方法は?」などおそらく誰が答えるのかは決めていないのでしょう……なりゆきで指名された出演者が、即興で回答し、登壇者からも笑いが漏れます。
基本的には英語ですが、途中、中国語(というていのデタラメ語)が登場するなど、英語にとらわれないという意志も感じられました。
トークはいつしか「ここは3020年です」と未来の世界へ。そこは『A New Asia』という私たちとは違う価値観の場所。いくつかの質問がスクリーンに映されます。「共通言語はなに?」「ここには平等はある?」「若者の流行りは?」「パスポートは?」「肌の色はなに色?」「神を信じますか?」「ハッピー?」。誰が何を答えるかの事前打ち合せはなく、その場で出演者それぞれが回答します。真面目にあるいはジョークを交えた答えに、それぞれのパーソナリティと、多彩な未来のイメージが折り重なっていきます。即興のやりとりからは、この1カ月弱で彼らが信頼関係を築いてきたのだろうことが滲みます。たとえば発表途中に音声がでないトラブルがあり、唯一英語が話せないメンバーが対応しましたが、それに対する他メンバーの落ち着きもまた言語のコミュニケーションを越えた信頼があったからでしょう。
その後、Lab.キャプテンを含んだトークが開催され(こちらは『偽』ではなく本当のトーク!)、「コラボは関係をつくるところから始まる。誰がどんなことができるのか、手探りだった」と、英語が母国語ではないアジア圏の若者達がなんとか共通言語を探りながら互いを知っていくプロセスを振り返りました。3020年の『New Asia』を考える際には、香港のデモ、各国の政治状況、日本の過去の植民地化政策などについてさまざまなディスカッションがおこなわれたそうです。ただその際、英語が話せないメンバーとは、当然ながら意志の疎通ができず、すれ違うこともあったそう。とくにアジアでの日本の統治については「日本を責めているのではなく傷ついているだけ」ということがなかなか共有できず、朝4時までディスカッションすることもあったと言います。それでも互いに言葉を尽くし、気にかけ、目の前の人と向き合うことで20代の参加者たちが信頼を積み上げてきたこと。それは互いの目を見て真剣に頷く彼らの姿勢や、先の『偽ポストパフォーマンストーク』からも強く伝わってきました。
客席にいた『Young Farmers Camp』の参加メンバーからも感想や質問があがりました。「アジアは大きいけど、同じ場所にいると感じた」「自分は何者なんだろうと何度も問い直した」「3020年を考えたときに、ヨーロッパはどうイメージされたのか?」。ステージ上と客席でもまた、若者たちの真摯な問いが飛び交います。
Lab.は、作品を完成させることが目的のプログラムではありません。若いアーティストたちの出会いにどんな価値があったのか、これから彼らは具体的にどうしていくのか……。大人になるほど、ゴールや成果を求めたくなることもあるでしょう。しかし、今ここで芽吹こうとしている種にさまざまな形で丁寧に水をやり続けようと試みる貴重な場でした。
『Young Farmers Camp』(ヤング・ファーマーズ・キャンプ)
『Exhibition』、『Lab』、そして東京芸術祭全体についても目撃し、参加してきたのが、インターンであるYoung Farmers Campの参加者たちです。メンバー5名はAPAFのプログラムに並走しながらディスカッションやワークショップをしたりしてきました。誰も彼も、ふだんは自分の場所で作品をつくっているアーティストたちです。APAFに参加する成果物としてなにかを作るわけではない彼らは、クリエーションの現場でフラストレーションがないのか……そんな問いもよぎりましたが、彼らは一様に目を光らせていました。
APAFの発表より一足早い10月22日。劇場ロビーでは、メンバー以外も参加できる公開サロン『Young Farmers Salon』が実施されていました。出入り自由、原則20代で、4つのテーブルごとに題材を分けたフリートークです。テーマは「拠点」「日韓、アジア、海外」「ダンス、演劇、教育」「フリー」。イベントを知ってやってきた人や『Lab.』メンバーも入り交じり、多言語でディスカッションが交わされます。それぞれの気になることや具体的な活動例が飛び交うのですが、何度か耳にした言葉が「あっちのテーブルでも同じ話題が出た」でした。国内外に関わらず、芸術活動に関わる人が自分たちの活動を突き詰めていった結果、行き当たるポイントが似通っています。「なんのために作品を創りつづけるの?」「舞台芸術について自分達ができることはなんだろう?」。
しかし何人もの若者たちがこうも言いました。「この話を誰かとしたことがない」と。アーティストとして日々活動するなかで、身近な人と作品づくりはしても、背景の違う人と芸術の未来や意義について議論を交わす機会はそれほどないと言うのです。答えは簡単には出ません。けれど「こんな話をしたことなかった」という新たな機会に、真剣に声を交わし合い耳を傾け、あっと言う間の3時間でした。
27日(日)のAPAF発表最終日には、参加メンバー同士や、また来場者と「次はこんな作品を創ります」「今後、こんな活動をしたいでんです」「年末に集まって〇〇のリサーチに行きます」など、積極的に未来の具体的な話をする姿が見られました。
APAF発表開催中、劇場前では大道芸が行われ、夕方には野外劇がはじまっていました。さまざまな文化や芸術が行き交う空間で、参加アーティストたちもまた国を越えて交差していました。そもそもこの池袋は、多国籍な街です。劇場周辺は中華料理屋が多く、中国人の店主とカタコトの日本語と中国語で筆談やジェスチャーが交わされる場面は日常的です。身近には日々、意識しないまでも言語を越えた共有とコミュニケーションが溢れています。しかしそれをあえて舞台芸術に特化した場はなかなかありません。若いアーティスト達がすでに持つ感覚を越え、考え、体験する場があることこそが大切です。その貴重な過程が垣間みられた3日間でした。
※3つのプロジェクトについての1カ月以上におよぶ丁寧な軌跡は、APAFの公式WEBサイトで見ることができます。
(文:河野桃子(ライター))
APAF - アジア舞台芸術人材育成部門
今年からAPAFはアジアの若いアーティストたちが集う場であった“Forum”から“Farm”へモデルチェンジします。アジアのアーティストたちによる作品上演の可能性を提示する「APAF Exhibition」、アートキャンプ形式による自立したアジアのアーティスト育成を目指す「APAF Lab.」の二つのプログラムを中心に、これからのアジアの舞台芸術シーンを耕すアーティスト、プログラムを輩出する、アジアの“Farm”が開園します。(APAFディレクター 多田淳之介)