東京芸術祭ワールドコンペティション2019 授賞式レポート

「舞台芸術のあらたな尺度」を見出すことを目的に、アジア、オセアニア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカの5地域と、日本から1作品ずつが参加し、賞を競った東京芸術祭ワールドコンペティションが、11月4日の授賞式をもって閉幕しました。

授賞式の冒頭では、ワールドコンペティションディレクター横山義志が各賞を紹介、「2030年代に向けた、舞台芸術の新たな価値観を提示しているか」「その価値観の提示の仕方において、技術的に高い質をもった表現がなされているか」という二つの審査基準をあらためて示しました。

最初に発表されたのは、批評家賞。チリの劇団ボノボによる『汝、愛せよ』の受賞が、日本文学・演劇研究者のコーディ・ポールトンさんから発表されました。「いかにして差別を克服するか」と題されたパネルディスカッションの準備をする医師たちの間で起こるトラブルを笑いと皮肉を交えて描いた同作。カーテンコールで俳優たちが掲げた、チリ国内で起きている人権侵害を訴える横断幕も、現在進行形の社会情勢と表現し続けることのつながりを思わせ印象的でした。

批評家賞は、審査基準に沿った優れた作品を顕彰するだけでなく、日本の舞台芸術を語る言葉、批評言語をより豊かにすることを目的にしたものです。この日の午前中から行われた公開審査会でも、穏やか、かつ活発な議論が行われたとのこと。今後は審査員それぞれの書く講評も公開される予定です。

続いて、アーティスト審査員が登壇し、コンペティションに参加した6作品、当日に行われた審査会の様子を振り返りつつ、講評を述べました。アーティスト審査会では、最優秀スタッフ賞、最優秀パフォーマー賞、最優秀作品賞の3つの賞が決定されました。発表直前の講評とあって、具体的な作品の内容に触れたコメントはそれほど見られませんでしたが、何人かの審査員が続けて自らが代表する地域が持つ歴史や自らのルーツを語る場面もあり、従来の(西洋由来の)演劇の枠組みとは異なる価値観を見出そうとする意識がうかがえました。

最優秀スタッフ賞は、シドニー・チェンバー・オペラ『ハウリング・ガールズ』で音響デザインを担当したボブ・スコットが受賞。女性たちのトラウマから生まれた言葉にならない声を軸に、テルミン、打楽器などを取り混ぜてつくられる音、その振動は、この作品の核をなすものでした。

続けて発表された最優秀パフォーマー賞は、ボノボ『汝、愛せよ』が、批評家賞に続き獲得。そして、記念すべきワールドコンペティション第1回の最優秀作品賞は、戴陳連『紫気東来—ビッグ・ナッシング』が受賞しました。唐代の怪異譚を集めた『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)』をもとに、個人的な記憶と怪談、夢と現実を交錯させた影絵による劇で、戴陳連自身が人形や装置を操った作品です。ジュリエット・ビノシュ審査委員長による発表の瞬間、会場からは拍手に混じり、驚きと歓喜の声が上がりました。この作品は来年の東京芸術祭であらためて上演されることになります。

この日最後に発表されたのは、観客の投票によって決まる観客賞でした。プレゼンターの小池百合子東京都知事から賞状を手渡されたのは、ボノボ『汝、愛せよ』のチーム。ボノボは、最優秀作品賞こそ逃したものの、今回3つの賞を受賞し、東京の舞台芸術界に強い印象を残しました。

7日間にわたっておこなわれた東京芸術際ワールドコンペティション。ここに登場した作品、そこから始まったさまざまな対話、議論が、2030年代に向け、どのようにつなげられていくのか、来年以後の展開にもぜひご期待ください。

<ジュリエット・ビノシュ審査委員長のコメントより>

東京芸術祭ワールドコンペティションにお招きいただき、ありがとうございます。

芸術は、それぞれの国、そこに暮らす人間が健やかであるために、必要不可欠なものです。ですから国は予算を持って、演劇、劇場での制作を援助すべきだと思います。人々に考えさせ、感じさせ、今という時について思考し、魂を感じる、未来を思い、成長する、人との関わりについて考える、そういったチャンスが芸術にはあるからです。

私たち審査員はそれぞれの思いと熱い情熱を持ち、互いの言葉に耳を澄まし、対話を進めました。それは非常に熱の籠ったものでしたが、結果を出すための最終的な話し合いは難しいものでした。私たち7人は、出会い、時には自分とはまったく異なる視点を知るというプロセスを経てここにいます。それは皆が違う国、違う大陸から集ったメンバーだからです。率直に言って、西洋人である私は時に、ポジティブなものであれネガティブなものであれ、西洋が他の国に与えた影響について考えることに困難を感じます。ですが、この東京芸術祭を通じて、自分にはない他者の視点を発見できたことに感謝しています。また、こうしたコンペティションの実現には多くの困難が伴ったと思いますが、この機会をいただけたことにもお礼を言いたいと思います。

 

<夏木マリ審査副委員長のコメントより>

演劇に情熱を持って進んでいる者のひとりとして、この6作品を拝見し、とても興味深く、勉強になりました。今回スタートしたこのコンペティションは、演劇の世界基準を複数化したいという思いにもとづいたもので、私たち審査員は、それを見つける努力をいたしました。日本で演劇に携わっているとどうしても、欧米のものに強く影響されて育ってきたということがあります。でも、そうではなく、この東京から発信できるもの、見つけられるものがあるということは私もずっと感じておりました。

つい何分か前まで、話し合いは続いていたのですが、やはり私たち7人の審査員が育った環境、これから提示していきたいものには違いがあり、ぶつかり合いもあれば、影響され説得されたりといろいろなことがありました。でも、そうして意見を交換し、話しができたこと、とても楽しい時間にもなりました。

6作品を上演してくださったみなさま、演じてくださったみなさま、素晴らしい作品に感謝しています。そして、このワールドコンペティション、立ち上げも大変だったと思いますが、これからも続けていっていただきたいですし、またここでみなさまとお会いできることを切望しています。

©︎引地信彦
©︎引地信彦

東京芸術祭ワールドコンペティション2019

次代を担う表現者が世界から集結!舞台芸術を評価する新たな「尺度」をここから生み出します。

日程:10月29日 (火) 〜 11月4日 (月休)
会場:東京芸術劇場 (プレイハウス、シアターイースト、シアターウエスト ほか)

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