2018.11.02
《Only in Japanese》【直轄プログラム見どころ紹介:その5】
メルラン・ニヤカムのこと(3)~『ユメミルチカラ/タカセの夢』から『ANGELS/空は翼によって測られる』へ~
(横山ディレクター)
「ニヤカムさんに出会った人はみんな彼のことが大好きになる」!
いよいよ本番を迎える『アダルト版 ユメミルチカラ』『空は翼によって測られる』の2作品。
パリからやって来た振付家ニヤカム氏の秘密を横山ディレクターがお届けします。最終回!
▼前回までのコラムはこちら
メルラン・ニヤカムのこと(1) ~カメルーン国立舞踊団から「アフロ・コンテンポラリーダンスへ」~
メルラン・ニヤカムのこと(2)~『アダルト版 ユメミルチカラ』稽古場から~
メルラン・ニヤカムのこと(3)~『ユメミルチカラ/タカセの夢』から『ANGELS/空は翼によって測られる』へ~
『空は翼によって測られる』より(撮影:猪熊康夫)
最後に、東京芸術祭で上演される『空は翼によって測られる』を含め、メルラン・ニヤカムが子どもたちとつくった作品の話を。まずははじめて子どもたちと一緒につくった『ユメミルチカラ/タカセの夢』の話から。
2010年、SPAC-静岡県舞台芸術センターで静岡の子どもたちと一緒に作品をつくろう、という話になりました。はじめから目標としていたのは、「世界レベルの作品にする」ということでした。静岡だけ、日本だけでなく、他の国や地域の人たちにも感動を与えられるような作品にするにはどうすればよいのか。もちろん日本には世界で活躍しているダンサーたちもいますが、そういった方々を集めるのは容易ではありません。むしろ、プロとしてのダンス経験のない静岡の子どもたちがニヤカムと出会ってどれだけ変わるのか、ということを見せられれば、普遍性のある作品になりうるのではないか。それが、最初のアイディアでした。こうして「スパカンファン・プロジェクト(SPAC-ENFANTS, SPACと子どもたち)【リンク:http://spac.or.jp/spac-enfants】」がはじまりました。
ニヤカムはヨーロッパで子ども向けのワークショップもやってきていたので、この話をしたらとても興味を持ってくれて、「日本の子どもたちのほうが経済的には恵まれているはずだけど、アフリカの難民キャンプの子どもたちのほうが笑顔が輝いていたりもする。日本人の子どもたちがアフリカ人と同じくらいお尻を振って踊ってくれるようになってくれたらいいね。子どもたちが大人たちに希望を与え、生きる上で一番大事なことを教えられるようなダンス作品を作ってみたい」と言っていました。
はじめ、アフリカ出身の振付家と一緒に作品をつくる、という企画に、子どもたちがどれだけ集まってくれるか不安でしたが、ダンスをやったことがある子もない子も、けっこう参加してくれました。ワークショップでニヤカムさんが「日本の子どもの遊びを教えて」というと、ふだんゲーム機などで遊んでいる子どもたちはちょっと戸惑ったみたいです。
数日後に稽古場を見に行って、驚きました。稽古が始まる前、日本平にある「舞台芸術公園」の芝生の上で、出演する子どもたちが本気でオニゴッコをしたり、ハナイチモンメをしたりしているんです。こんなに大声ではしゃいで走りまわっている中高生というのも、ずいぶん見なかった気がします。
この、オニゴッコで全力疾走する楽しさが、そのまま舞台に活かされていきました。出演者のお父さん、お母さんにうかがうと、参加者たちは、帰ってくると「あー疲れた」と言いながら、週に一度の休みの日にも「今日も稽古があればいいのに」とつぶやいていたといいます。
「自分に自信が持てない」という子には、ニヤカムはよく「毎朝鏡を見て、『私はなんてきれいなんだろう、ぼくはなんてかっこいいんだろう』って言ってみるといい」と話していました。
ニヤカムさんは、特にダンス経験のないテニス部の中学一年生の男の子高瀬くんがワークショップで話してくれた夢の話にとても感銘を受けたそうで、はじめ『ユメミルチカラ』としていた作品のタイトルを「『タカセの夢』に変更したい」と言い出しました。「タカセ」という名前もすごくアフリカっぽくていい、とのことでした。
『タカセの夢』には、ニヤカム自身の夢も投影されています。ガンジーやキング牧師といった、暴力に訴えることなく平和のために闘った人たちの姿が映し出され、タカセくんはニジンスキーの『牧神の午後』のポーズを真似て、踊りはじめます。
バオバブの木の下で、ハナイチモンメやカモメカモメといった日本の遊びがアフリカンダンスへとシームレスにつながり、日本とアフリカの文化が深いところでつながっているのが見えてきました。ニヤカムはこれを「アフロ・ジャパニーズ・コンテンポラリーダンス」と名づけました。
はじめ自信なさげだった子どもたちも、見違えるように、舞台の上で堂々と踊れるようになっていきました。アフリカの子どもたちに負けないくらい、自分の魅力を信じて。「スパカンファン・プロジェクト」の作品を見ていると、いつも子どもたちがうらやましくなります。「自分も子どものときにこんな人と出会えていたらな」という気持ちに。
『タカセの夢』は、静岡以外にも、2011年の東京・世田谷パブリックシアター、<href="http://www.tact-japan.net/program/takasenoyume.html">2013年の韓国・密陽(ミリャン)と大阪での公演、そして2014年にはカメルーン芸術文化省の招聘で、首都ヤウンデで公演を行いました。韓国ツアーに参加しなかった子のなかには、「初めての海外旅行がカメルーン」という子もいました。静岡の中高生10人を連れてカメルーンに行く、というのは相当ドキドキでしたが、子どもたちはみんなニヤカムさんから何度もカメルーンの話を聞いていたので、すごく楽しみにして来てくれました。
ヤウンデのパレ・ド・コングレの客席が文化大臣をはじめ色とりどりの民族衣装を着た方々で埋まり、静岡の子どもたちが喝采を浴びるのを見たときには、ちょっと感無量でした。(いろいろあって、以下の写真・ビデオは初公開です。)
▲「公演前のニヤカム挨拶」
▲「カーテンコール」
▲「スパカンファン、客席乱入」
▲「お客さんたちと踊るスパカンファン」
忘れられないのは、ニヤカムさんの実家でのダンスバトルです。子どもたちを実家に招いてくれたとき、サプライズでダンサーやミュージシャンなどを何人も呼んでくれていて、庭に作られた小さな舞台のうえで、いろいろなスタイルの音楽とダンスを見せてくれました。そして最後にカメルーン人ダンサーたちと『タカセの夢』チームのダンサーたちがダンスバトル。アフリカ人に一歩も引けを取らずにノリノリで踊る子どもたちには驚かされました。
▲「ダンスバトルでスパカンファンの負けないぶりに驚くニヤカム」
振付アシスタントをやってくださっていた木野彩子さんも、カメルーンツアーのことをブログに書いてくださっています。
この『タカセの夢』をきっかけに、プロへの道を進んでいる人もいます。SPACなどで俳優として活躍している宮城嶋遥加さん、新国立劇場演劇研修所で研修中の渡邊清楓さん、神戸DANCE BOXに「ダンス留学」して関西を拠点にダンサーとして活動しているいはらみくさん、そして今ブルキナファソ(西アフリカ)にダンス留学中で多田淳之介さん演出の国際共同製作『RE/PLAY Dance Edit』にも出演してた吉田燦さん。
吉田燦さんはつい先週、ブルキナファソの首都ワガドゥグの民家の庭を借りて行われる国際演劇祭レクレテアトラルに出演していたようで、「ル・モンド」紙アフリカ版に写真が載っていて驚きました。
SPAC芸術総監督で東京芸術祭総合ディレクターの宮城聰さんは、「プロのダンサーになりたい」という相談を受けたときに、かなり悩んだといいます。とりわけ日本では、ダンスを仕事として生きていくのはかなり難しく、子どもたちの将来に責任を持てるのだろうか、と考えたそうです。するとニヤカムさんは「ちょっと待ってほしい。そもそもそのためにこのプロジェクトをはじめたんじゃなかったんですか。もちろんダンスで生きていくのは難しいですが、それでもこの世界にはダンサーという職業があるんです」と言いました。それから、ニヤカムさんや多くのスタッフと話したうえで、彼女たちは自分の道を切り拓いていっています。ぜひ応援してあげてください。
高瀬くんたちが卒業し、5年間上演しつづけてきた『タカセの夢』に区切りをつけて、2015年、新たにオーディションで選んだ子どもたちと、二作目『ANGELS』のクリエーションがはじまります。これがのちに、今回東京芸術祭で上演される『空は翼によって測られる』になっていきます。
『ANGELS』では、集まった子どもたちが自分の一芸を披露するところからはじまりました。ミュージカル、オペラ、バレエ、クラシックギター、ヒップホップ、お能などなど。思えば日本の子どもたちは日々、世界中の文化を体当たりで学んでいます。このほとんどとりとめのない多様性が、ニヤカムには面白かったのでしょう。アフリカから見ても日本から見ても、『白鳥の湖』だって『魔笛』だって、ある意味ヨーロッパの「民族舞踊」だったり「民族音楽」だったりします。
『空は翼によって測られる』より(撮影:平尾正志)
この時期から、ニヤカム自身の作品の作り方はかなり変わってきたようです。『遊べ! はじめ人間』も『タカセの夢』も演劇的な構成で、ある程度一貫した物語がありました。でも『ANGELS』では、意識的にそのような構成から離れていっています。
この変化の兆候は、清水ドリームプラザでの「野外芸術フェスタ2015」で『ANGELS』と同時に上演してくれた『ダンシング・アフリカ』(原題:Organicus)にも現れていました。これはニヤカムがフランスに住むようになってからはじめてカメルーンでつくった作品で、カメルーンの選りすぐりの若手ダンサーたちによる、まさに体を張った迫力のダンス作品でした。ニヤカムは「海外メディアが伝えるネガティブなアフリカではなく、本物の、楽しいアフリカの姿を伝えたい」と語っていました。
この作品も、物語性は最小限にして、とにかく体の動きの面白さで勝負するものになっていました。「カメルーンではお金を払ってダンスを見に行く習慣があまりないので、カメルーンではだれもが知っているリズムを使いつつ、ふつうの踊り方とはだいぶ違う踊り方をして、「ふつうのカメルーン人」でもどうしても見たくなるようなものにした」とニヤカムはいいます。ダンスのショーやコンサートでは、サーカスなんかもそうですが、数分ごとに全く違うものをやって、お客さんを飽きさせないようにします。今回はそこまではいかないものの、ある程度の枠組だけをつくって、同じダンサーたちが次から次へと新しい動きを見せて、とにかく体の動きを見つめてもらう、という作り方でした。
『ANGELS/空は翼によって測られる』も、一人一人の出演者の体にこだわった作品ですが、そこから、『遊べ! はじめ人間』や『タカセの夢』とはちょっと違う形で、物語が見えてきます。
『タカセの夢』は最後、老人となった子どもたちがバオバブの木の根元に帰っていく場面で終わりますが、ニヤカムは『ANGELS』で、さらにその後の世界を扱いたいと考えていました。そうしてできた『ANGELS』は、題名とはうらはらに、「イノセント」な子どもではなく、むしろ『タカセの夢』ではあまり描かれなかった、子どもたちの影の部分に焦点を当てることになりました。『ANGELS』には悪魔的な部分もある、というのがニヤカムの考えでした。一緒にいると楽しそうなのに、一人になると急につまらそうな顔になる子どもたち。子どもたちが抱えている孤独やさみしさが、今度は一葉(かずは)さんが見る、ちょっとリアルな夢として描かれています。
『空は翼によって測られる』より(撮影:平尾正志)
今回は宮城聰さんの提案で『空は翼によって測られる』という題名になりましたが、これはハイメ・サビネス(1926-99)というメキシコの詩人のこんな詩から採られています。
「海は波によって測られる、
空は翼によって、
私たちは涙によって。」
『空は翼によって測られる』も『アダルト版 ユメミルチカラ』も、一本のバオバブの木が舞台装置になっています。ニヤカムによれば、アフリカでは、何か問題が起きると、バオバブの精霊に問いかけるのだといいます。生きていくうえで、どうしても抱えてしまう悩みや起きてしまう衝突を、バオバブの木の下にいろいろな世代の人が集まって、話し合い、共有していくのです。
「生命の木」バオバブは、人に生命を与え、人の生命はやがてそこに帰っていきます。生命が循環する、この大きな仕組みに思いを馳せることで、多様性が孤独を生むのではなく、つかのま現れる一人一人のちがいを楽しみ、慈しむ世界をつくっていきたい。そんな思いが、ここには込められているのだと思います。
『空は翼によって測られる』より(撮影:平尾正志)
直轄事業ディレクター 横山義志
東京芸術祭2018 直轄プログラム『空は翼によって測られる』
振付・演出:メルラン・ニヤカム
出演:SPAC-ENFANTS(スパカンファン、静岡県の中高生のダンスかんぱにー)
【日程】11月3日(土)15:00 / 4日(日)13:00
【会場】あうるすぽっと
《入場無料・要予約》
※車いす席、未就学児(3歳以上)との観劇をご希望の方は東京芸術劇場ボックスオフィスまでお問合せ下さい ※受付にて入場整理券を配布いたします(先着順) ※ノンバーバルパフォーマンス(一部、日本語上演) ※としまチケットセンターでも取扱い有
東京芸術祭2018 直轄プログラム『アダルト版 ユメミルチカラ』
振付・演出・出演:メルラン・ニヤカム
【日程】11月2日(金)19:30 / 3日(土)18:30 / 4日(日)16:30
【会場】東京芸術劇 シアターイースト
《入場無料・要予約》
※未就学児入場不可 ※車いすで観劇をご希望の方は東京芸術劇場ボックスオフィスまでお問合せ下さい ※受付にて入場整理券を配布いたします(先着順) ※ノンバーバルパフォーマンス(一部、日本語上演)) ※としまチケットセンターでも取扱い有
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