2018.10.31
【直轄プログラム見どころ紹介:その4】
メルラン・ニヤカムのこと(2)~『アダルト版 ユメミルチカラ』稽古場から~
(横山ディレクター)
「ニヤカムさんに出会った人はみんな彼のことが大好きになる」! パリからやって来た振付家ニヤカム氏の秘密を横山ディレクターがお届けします。
▼前回のコラムはこちら
メルラン・ニヤカムのこと(1) ~カメルーン国立舞踊団から「アフロ・コンテンポラリーダンスへ」~
メルラン・ニヤカムのこと(2)~『アダルト版 ユメミルチカラ』稽古場から~
『アダルト版 ユメミルチカラ』(11月2日~4日に東京芸術劇場シアターイーストで上演予定)の通し稽古を見てきました。かつて静岡の中高生たちが踊っていたメルラン・ニヤカム振付『ユメミルチカラ/タカセの夢』を、ニヤカム自身と55歳以上の女性ダンサーたちが踊る作品です。
55歳以上の女性ダンサーたちが中高生の女の子を演じる、というのがどんなものになるのか、正直ちょっと不安でした。でも実際に見てみると、目頭が熱くなってくる場面がたくさんありました。特に最後の「中高生の女の子が演じていたおばあちゃんを演じる」という場面。実際にお孫さんがいる方もいらっしゃるのですが(最高齢の方は、なんとお孫さんが『ユメミルチカラ/タカセの夢』で踊っているのを見て「自分でもやってみたくなった」といって参加してくれました)、それを見たとき、多くの方が「おばあちゃん」を演じて生きているんだな、と気づかされて、今度はなんだか胸が熱くなってきました。
『ユメミルチカラ/タカセの夢』では、中高生が想像する人の一生が描かれています。ここでは子どもたちが夢見た一生が、大人へと受け継がれているのです。それをアダルトな女性ダンサーたちが演じるのを見ていると、それぞれのダンサーの体のなかには、5歳の自分、15歳の自分、25歳の自分、35歳の自分・・・と、いろんな「自分」が住んでいることに気づかされます。無邪気に遊んでいる自分であったり、恋をしている自分であったりします。でも、ふだんは今の「年齢/社会的地位相応の自分」だけを演じていて、他の自分は封印しているわけです。
そんないろんな自分を解放してやる機会があれば、この社会はもっとずっと生きやすくなるんじゃないか。この作品が、そういう社会をつくっていくきっかけになればよいと思っています。
「ダンスを見たい」という気持ちは、「暴走する体を見たい」という気持ちなのだと、私は思っています。人間の体というものは、三層構造でできています。物としての体、生き物としての体、社会的存在としての体の三つの層が、一つの「体」のなかに重なり合っています。でもふだんの生活のなかでは「社会的存在としての体」だけを見せて生きていますし、まわりの人も、なるべくそれだけを見るようにしています。
そのなかで、ダンスを見る時間というのは、本当に貴重な時間です。ジーッと他人の体を見ることが許されている時間。体を体として見てもいい時間。踊るということは、「社会的自分」ではなくて、この世界に存在する「物」であり、自然に属する「生き物」であるような自分をさらけ出す行為でもあります。ふだんの生活では、手や足を高く上げたり、衝動と慣性に身を任せて動いたりすると、危険だと思われます。あまりにうれしそうな笑顔、あまりに悲しそうな顔も。人と人があまりに接触することも。そんな「体の暴走」の全てが、「ダンス」というカッコで括ることで、許されるようになるわけです。
私はダンスを見るときに、踊り手の足音を感じるのが好きです。足音を通じて、一人一人の体の重みが感じられるのがいいのでしょう。この一月半の稽古で、足音にだいぶ迫力が出てきました。クラシックバレエなどをやってきた方も、アフリカのダンサーたちのように大地を踏みならすことができるようになってきました。
ニヤカムは55歳以上の女性ダンサーたちにも全く手加減せず、つねに全力疾走を求めています。この一月半の稽古で、みなさん体はヘトヘトのようですが、すごくきれいになったように見えました。
どんな人だって、「物」であり「生き物」であるような体を持っています。だから、封印を解いて、それをさらけ出してくれる人を見ると、スリルと解放感を感じるのでしょう。それがダンスの「美しさ」なのだと思います。
今、コンテンポラリーダンスの世界では、若いダンサーばかりが注目される状況を見直していこうという動きが、あちこちで少しずつ起きています。「コンテンポラリー=若い」ではない、ということに、世界中が気づいてきたのです。世界を更新していくのは若い人ばかりではありません。
とりわけ18世紀以降の西洋で形づくられてきた「若さ」の美学を見直していくことは、人類史的にも重要なプロジェクトだと思います。この「若さ」の美学は、「進歩」という概念と結びついています。iPhone7よりiPhone8のほうがいい、という社会では、たしかに「進歩」は若い世代に委ねられている部分が大きいでしょう。でも、技術の「進歩」だけで生きやすい社会をつくることはできません。「若さ」の美学を見直すことは、「進歩」という概念を見直すことでもあります。人は生き物として生まれ、生き物として死んでいきます。この生き物としての体自体を消し去るのが技術や社会の「進歩」だとすれば、それはヒトという生き物を幸せにするものにはならないでしょう。
『ユメミルチカラ/タカセの夢』は「子どもたちが大人たちに希望を与え、生きる上で一番大事なことを教えられるようなダンス作品を作ってみたい」というニヤカムの言葉から始まりました。こうして「子どもから大人へ」と受け継がれたこの『アダルト版 ユメミルチカラ』は、かなり観客の価値観を揺さぶるプロジェクトになっているような気がします。
話が多少後先になってしまいましたが、次回は『ユメミルチカラ/タカセの夢』の話と、『空は翼によって測られる』の話を。
(つづく)
直轄事業ディレクター 横山義志
東京芸術祭2018 直轄プログラム『空は翼によって測られる』
振付・演出:メルラン・ニヤカム
出演:SPAC-ENFANTS(スパカンファン、静岡県の中高生のダンスかんぱにー)
【日程】11月3日(土)15:00 / 4日(日)13:00
【会場】あうるすぽっと
《入場無料・要予約》
※車いす席、未就学児(3歳以上)との観劇をご希望の方は東京芸術劇場ボックスオフィスまでお問合せ下さい ※受付にて入場整理券を配布いたします(先着順) ※ノンバーバルパフォーマンス(一部、日本語上演) ※としまチケットセンターでも取扱い有
東京芸術祭2018 直轄プログラム『アダルト版 ユメミルチカラ』
振付・演出・出演:メルラン・ニヤカム
【日程】11月2日(金)19:30 / 3日(土)18:30 / 4日(日)16:30
【会場】東京芸術劇 シアターイースト
《入場無料・要予約》
※未就学児入場不可 ※車いすで観劇をご希望の方は東京芸術劇場ボックスオフィスまでお問合せ下さい ※受付にて入場整理券を配布いたします(先着順) ※ノンバーバルパフォーマンス(一部、日本語上演)) ※としまチケットセンターでも取扱い有
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