2018.10.16
【直轄プログラム】舞台『珈琲時光』について|鳴海康平(第七劇場 代表 演出家)
2014年、国立台北芸術大学で開催された芸術祭での公演のために、私ははじめて台湾に行きました。台北の街中ではいたるところに日本語を見つけることができるし、ファミリーマートやセブンイレブンなどのコンビニには日本語が書かれた、日本の店頭と同じパッケージの商品が多く並んでいるのをはじめて目にしました。日本は台湾(中華民国)とは正式な国交はなく、台湾(中華民国)を独立した国として認めていない立場を取っています。それゆえにか、日台間では、民間や自治体単位での交流がとても盛んです。ほんの少し遡ってみると、日清戦争の後1895年から、第二次世界大戦/太平洋戦争で日本が敗戦した1945年までの50年間、台湾は日本によって統治されていました。その間、欧州の宗主国の多くと同じように、台湾でも日本語教育が進められ、台湾語を使うことは厳しく制限されたようです。1946年以降は、国民党政府から幾度となく日本語の使用が禁止されたけれど、公的ではない場所で日本語を使う人は少なくなかったそうです。現在は中国語(北京語)が国語として公用語になっています。当たり前に使っていた言葉を奪われ、新しい言葉で社会が動き慣れたころ、その言葉もまた奪われてしまう。これがどれほどのことなのか、私には、そこに思いを巡らすことはできても、その内側に至ることはやはり難しい。
この2014年の公演がきっかけとなり、2016年から台北を拠点に世界的に活動するShakespeare’s Wild Sisters Groupとの3年間にわたる国際共同プロジェクト Notes Exchangeがはじまりました。1年目は俳優を交換して両地それぞれでドストエフスキー原作の作品を製作し、2年目はジョージ・オーウェルの小説を原作に日台混成チームで作品製作をしました。プロジェクト最終年である今回は、舞台『珈琲時光』を製作します。小津安二郎生誕100周年記念として松竹配給で製作され、2004年に公開された映画『珈琲時光』へのオマージュとなる舞台作品です。映画の物語や登場人物、実在の人物との関連はありませんが、この映画を監督した台湾人・侯孝賢から小津へのオマージュのバトンを、私たち日台プロジェクトチームとして舞台作品で引き継ぎたいと考えました。侯監督の協力を得て、その友人で、私たちのプロジェクトにおいて台湾側の作家・演出家である王さんとともに、舞台作品としてまったく新しい作品にリクリエイションされた舞台『珈琲時光』は、時代が異なる5つの短編が、断片的に並びます。それぞれ台湾と日本の関係にとって、またはそれぞれの地で特徴的な年代が設定されています。
交わるはずがない、物理的にも時間的にも離れた空間が、いくつかの言葉やモチーフを通じて曖昧につながります。まるで5冊の別の短編小説を併読しているのに、いくつかの共通点を見つけてしまうような。
▲舞台『珈琲時光』イメージ写真
私がフランスで1年間研修している間、ヨーロッパからアジアを見たとき、つまりアジアにとっての他者の中に身を置きながら遠くのアジアを眺めたとき、はじめて見えてくるものがありました。それと相似することが、このプロジェクトを続けてきて、そしてこの作品を製作している中で、日本と台湾という島々に対して見えてきました。これはきっと、どちらに対しても他者であるような実感から得られるものなのかもしれません。言い換えると、内側にいるからこそ見えるものがあると同時に、仮想的にであっても疎外されてはじめて見えるものも確かにあるということです。そのわかりやすい境界は、物理的な距離であり、時間的な隔絶でしょう。物理的な距離が短くても、国境が長大な距離を生む場合もありますし、昨日のような近しい過去であっても、起きた出来事によっては幾年もの隔絶を感じる場合もあります。重要なのは疎外されること、そしてそれはこちらが疎外している側かもしれないと思いを巡らせることなのです。
冒頭にも書きましたが、日本は台湾(中華民国)を国として承認していない立場を取っています。国という単位や、それに関わる何かしらの境界を強く感じるもののひとつが戦争なのでしょうし、この原因と結果を入れ替えて、国という単位や何かしらの境界を強く意識した結果のひとつが戦争なのだともいえるかもしれません。この意味での戦争とよく似ている構造を持つものが、今回の舞台『珈琲時光』でモチーフのひとつとして使用されていますが、それが何かは上演を観たときのお楽しみ、ということにしておきたいと思います。
私の好きなカフカの言葉に「全ての本は、私たちの内側で凍る海を砕く斧であるべきだ」という一文があります。ただ、私たちの内に広がる凍る海のどこが砕かれるのかは、人によって異なるでしょう。これはどんな劇場体験であっても言えることですが、この作品も人によって砕かれる場所は違うはずです。砕けるかどうかが大切なのはもちろんですが、どこが砕かれるのか/どこは砕かれないのかを探すことも、その砕かれた先を見つめることも文化体験の醍醐味のひとつかもしれません。
日本と台湾という島々の間で生まれたこの作品が、両地での上演を通して、両地にとって良い斧になることを願っています。
鳴海康平(第七劇場 代表 演出家)
▼稽古風景 (©️第七劇場)
東京芸術祭2018直轄プログラム
第七劇場 × Shakespeare’s Wild Sisters Group
日台国際共同プロジェクト Notes Exchange vol.3
舞台『珈琲時光』
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企画協力:侯 孝賢
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脚本:王 嘉明
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演出:王 嘉明、鳴海康平
【日程】10月24日(水) 19:00 / 25日(木) 15:00
【会場】東京芸術劇 シアターウエスト
※受付開始、ロビー開場は開演の60分前、開場は30分前
上演時間:約100分(途中休憩なし)
上演言語:日本語・中国語(日中英字幕付)
自由席(整理番号付)・無料(要予約)
※未就学児入場不可 ※車いすで観劇をご希望の方は東京芸術劇場ボックスオフィスまでお問合せ下さい
▼チケット取扱い・予約受付 【東京芸術劇場ボックスオフィス】
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