2018.09.29
【直轄プログラム見どころ紹介:その1】
ダニエル・ジャンヌトーと『ガラスの動物園』のこと
(横山ディレクター)
”直轄プログラムの見どころ紹介”では、横山ディレクターやアーティストがプログラムをより楽しむための情報や、舞台裏をお届けします。その1は横山ディレクターより"ダニエル・ジャンヌトーと『ガラスの動物園』のこと"についてお話します。
© Elisabeth Carecchio
はじめてダニエル・ジャンヌトーを知ったときには、まさか彼が『ガラスの動物園』を演出するようになるとは想像もしませんでした。東京芸術祭でこの作品を紹介できることになって、とてもうれしく思っています。これまでのジャンヌトーの仕事について、少しお話ししておこうと思います。
ジャンヌトーは1998年に最初に来日して以来、すっかり日本が気に入ってしまったらしく、すでに20回以上日本に来ているといいます。私が最初にジャンヌトーを知ったのは、舞台美術家としてでした。2002年、京都にあるフランス政府のレジデンス施設ヴィラ九条山に滞在していた際に出会って、ポートフォリオ(作品集)を見せていただき、その美しさに目を見張った憶えがあります。
私はそのあと留学してパリで舞台を見るようになり、ジャンヌトーがフランスを代表する舞台美術家の一人だということを知りました。若くして舞台美術年鑑の表紙を飾ることもあったと聞きます。
とりわけクロード・レジという演出家の舞台美術を、15年ほどにわたって一手に引き受けていました。彼が手がける舞台美術をはじめて実際に見たのは、まさに息を呑むような体験でした。レジ演出、ヨン・フォッセ作『誰か、来る』(1999)という作品です。開演時間になると、客席は完全な暗闇に包まれて、何も見えず、物音一つ聞こえず、という時間が何分もつづきます。しわぶき一つもらすのもためらわれるような静けさと闇。やがて、舞台の上に何かあるのがぼんやりと見えてきます。ベンチの上に、微動だにせず座っている男女の姿。それが何分もつづき、男がぼそっと話しはじめるとき、空間全体がゆらぐような感覚を覚えました。ジャンヌトーはこの作品で2000年の「批評家大賞舞台美術部門」を受賞しています(その後、2004年にも再度受賞)。ちなみに、この作品は「地点」の三浦基さんと一緒に見に行って、三浦さんもかなり衝撃を受けたといいます。
クロード・レジ演出、ダニエル・ジャンヌトー舞台美術『だれか、来る』(1999、ジャンヌトーのポートフォリオより)
ジャンヌトーがクロード・レジと出会ったとき、彼はまだ学生でした。1986年、レジ演出、メーテルリンク作『室内』のストラスブール公演で、ジャンヌトーはレジ作品と衝撃的な出会いを果たします。その三年後、ふたたび公演でストラスブールを訪れたレジと知り合い、意気投合。このときレジはすでに66歳で、巨匠と言ってもいい存在でした。そのレジが、いきなり学生のジャンヌトーに舞台美術を依頼したのです。ジャンヌトーは国立演劇学校を卒業しないまま、マルグリット・デュラス作『イギリス人の恋人』(1989、再演)で舞台美術家としての道を歩みはじめます。
ジャンヌトーがつくる舞台美術は、大概の場合、なんだか得体の知れないものです。ただの四角い箱のようなものがいくつかあるだけだったりします。でも、そこに俳優が入って、照明が当たると、異様な空間が立ち上がってきます。「舞台装置」をつくる、というよりも、人が生きる空間そのものをつくることを考えている人なのだと思います。
ジャンヌトーが最後に単独でレジ演出の舞台美術を手がけたのは、サラ・ケインの遺作『4.48サイコシス』(2003年)でした。この作品では映画女優としても有名なイザベル・ユペールが主演し、二時間近くにわたって同じ場所に立ったまま語りつづけていました。舞台装置らしきものは一枚の半透明の幕だけ。それだけで、外的世界と内的世界との境界が混沌としていく様子を、恐ろしいほどに実感することができました。
この頃から、ジャンヌトーは演出家としての経験を重ねていきます。ラシーヌ作『イフィジェニー』(2001)、ストリンドベリ作『幽霊ソナタ』(2003)、そしてサラ・ケイン『ブラスティッド』(2005)。
この時期にも、日本には毎年のように来ていたものの、日本人の仕事ぶりを見て、「日本で仕事をするのは怖い」、と言っていました。ところが2009年、SPAC-静岡県舞台芸術センターで『ブラスティッド』を日本の俳優と再クリエーションすることに。舞台美術は日本のラブホテルをモデルにしていて、技術スタッフが買ってきたカーペットを見て、「もっとふわふわじゃないとダメだ!毛足の長いのを買ってきてほしい」と言っていたのを憶えています。『ブラスティッド』は、このホテルの部屋が突然戦争によって徹底的に破壊されていく、という、かなり実現が難しい設定になっているのですが、暗転後、転がる冷蔵庫の光に照らされた廃墟に驚かされたのをよく憶えています。
この作品では、ホテルで若い女性をレイプした男性が、進入してきた兵士にレイプされ、筆舌に尽くせないような暴力を振るわれることになります。今でも、そのときはじめて劇場に来たというご近所の方から、「あまりに恐ろしくて、あの(兵士を演じた)俳優さんをスーパーで見かけるたびに遠回りしていました」と聞きました(でも、それ以来劇場に通ってくれています)。
この作品の評判がよかったので、ふたたび一緒に作品を作ろうということになり、SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督の宮城聰さん(昨年から東京芸術祭総合ディレクターも兼任)がジャンヌトーさんに「テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』をやってみないか」と提案しました。
ジャンヌトーは「テネシー・ウィリアムズをちゃんと読んだことはなく、心理主義的なリアリズムというイメージがあって、あまり興味を持てなかった」と言います。ブロードウェイの大ヒット作ということもあり、フランスではどちらかというと「商業演劇の演目」というイメージがあるようです。ところが実際に読んでみて、かなりイメージが覆されたようでした。『ガラスの動物園』には冒頭で「この劇の照明はリアリスティックではない。思い出という雰囲気にふさわしく舞台はほの暗い」など、演出についての指示があり、そこではむしろ、いかにリアリズムから離れるか、ということが問題になっています。そこで演じられるのは現実の世界ではなく、どこまでが現実にあったことなのか定かではない「思い出」の世界でした。そこに、ジャンヌトーが慣れ親しんできたフランス語圏の象徴主義演劇とも近いものが見出せたようです。
ジャンヌトーがこれを舞台化するにあたってインスピレーションを得たのは、内藤礼の作品でした。ジャンヌトーは内藤礼の作品一点だけのために作られた豊島美術館を「世界で一番美しい作品の一つ」と評していました。今では日本の現代美術を代表するアーティストの一人となった内藤礼は、かつて太田省吾演出作品で舞台美術を手がけていました。内藤礼もまた、空間そのものを作ることを考えている方だと思います。
しだいに、夢のなかの世界のような空間が立ち上がってきました。
2011年に作られた『ガラスの動物園』日本版は「中高生鑑賞事業」としても上演されることになっていました。ジャンヌトーはこれまで青少年向けの作品を作ったことはなく、二時間以上になる長い作品なので、ちょっと不安でもありました。でもふたを開けてみたら、はじめて劇場に来るという中学生も、すごく集中して見てくれていました。
面白かったのは、こんなに抽象的なヴィジュアルの作品なのに、演劇のプロの人も中学生も、見終わったあとには誰もが「私のお母さんもこんなだった」という話しかしないんですね。私も、自分の家族のことをいろいろ思い出しながら見ていました。
それから5年後、ジャンヌトーがこの『ガラスの動物園』をフランス人キャストで製作することになりました。舞台美術は静岡で作ったものが、ほとんどそのまま使われることに。お母さんのアマンダ役には舞台でも映画でも活躍しているドミニク・レイモンさんが起用されました。パリのコリーヌ国立劇場での公演は、一ヶ月にわたって連日満席だったといいます。実際に地方都市での公演を見に行ってみると、高校生くらいのお客さんがたくさん来ていました。そして、フランスの若い観客も、そして技術スタッフまで、やっぱり自分のお母さんの話をしていました。
ジャンヌトーによれば、公演したいくつもの劇場から「来年もやってほしい」といわれ、二年目のツアーが早々に決まったといいます。これまでのジャンヌトーの作品で最大のヒット作になりました。2017年にジュヌヴィリエ劇場のディレクターに就任したのにも、この作品の成功が大きかったと聞きます。
ジャンヌトーとジュヌヴィリエ劇場
今月ジュヌヴィリエ劇場に挨拶に行ったら、ジャンヌトーは屋上でトマトの採り入れをしていました。この屋上庭園はかなり気に入っているようで、パリ郊外とは思えないのどかさになっていました。
2015年に日本平の森のなかでメーテルリンク作『盲点たち』を演出していたときに、内藤礼さんとの対談が実現しました。打ち合わせの席から、ほとんど愛の告白のようだったといいます。ジャンヌトー演出の『ガラスの動物園』を見て、内藤さんが「私はローラそのものだと思った」とおっしゃったとき、ジャンヌトーは「私もだ」とでもいいたそうな顔をしていました。
内藤さんは、人前に出るのはあまり得意ではない、とおっしゃっていましたが、ジャンヌトーも、子どもの頃はすごく内気で、一人で絵ばかり描いていたと言います。そんな内気な人が演出家になったのも、なんだか不思議なものです。フランスではよく終演後のパーティーで同業者と話しているうちに次の仕事が決まったりするものですが、パーティーで隅の方にひっそりといるジャンヌトーを見て不安になり、いろんな人を紹介したこともありました。そんなジャンヌトーだからこそ、「ガラスの動物園」にしか心を開けないローラの気持ちがよく分かったのかもしれません。
「人が全てを把握してはいないということは、世界の可能性でもあり、希望でもある」という内藤さんの言葉が、ジャンヌトーの作品にもつながるような気がしました。
今年の東京芸術祭では、「パリ東京文化タンデム」として、パリと東京をつなぐ作品を上演することになりました。そこで、パリで行われる芸術祭「フェスティバル・ドートンヌ(秋のフェスティバル)」の方に舞台作品を推薦してほしい、とお願いしたところ、ジャンヌトーの『ガラスの動物園』はどうか、という話があり、驚きました。
それから一年ほどの準備を経て、ようやく『ガラスの動物園』が東京芸術劇場にやってきます。
東京のみなさんと一緒に、ふたたびこの作品に出会えるのを、とても楽しみにしています。
直轄事業ディレクター 横山義志
作:テネシー・ウィリアムズ
仏語翻訳:イザベル・ファンション
演出・舞台美術:ダニエル・ジャンヌトー
出演 ソレーヌ・アルベル / ピエリック・プラティエール / ドミニク・レイモン / オリヴィエ・ヴェルネル / ジョナタン・ジュネ(ビデオ出演)
【日程】10月27日(土)15:30 / 28日(日)15:30
【会場】東京芸術劇場 プレイハウス
【チケット(前売)】全席指定 一般 3500円 、U29 2000円 ※当日各500円増
※チケットは1人4枚まで ※29歳以下は公演当日要証明書 ※未就学児入場不可 ※フランス語上演(日本語字幕付き) ※車いすで観劇をご希望の方は東京芸術劇場ボックスオフィスまでお問合せ下さい
▼チケット取扱い・予約受付 【東京芸術劇場ボックスオフィス】
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