東京芸術祭 2017

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2018.01.10

『0場』第2夜(テーマ:テクノロジーとパフォーミングアーツvol.2)イベントレポート

アート界という枠を飛び越え、さまざまな分野の最先端で活躍する人々が集い、多様な視点から語り合う東京芸術祭のトークシリーズ『0場(ゼロバ)』。東京芸術祭2017のプログラムとして11月27日に開催された「第2夜」のテーマは、「テクノロジーとパフォーミングアーツ vol.2」。昨年の『0場』でも、同様のテーマで、昨今注目を集める「菌」と舞台芸術・表現の関わり、その可能性についてディスカッションが行われましたが、その第二弾として開かれたこの夜のトークも、非常に熱い議論が巻き起こりました。

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登場したのは、『発酵文化人類学』といった著書で知られ、オリジナルな方法で発酵醸造学を探究する発酵デザイナー・小倉ヒラクさん。振付を担当した舞台作品『空気か屁 』において、自身が発酵させた乳酸菌で作ったヨーグルトを観客に配り話題となった、ダンサーの捩子ぴじんさん。そして、バイオ研究のコミュニティ「BioClub」を立ち上げ、バイオと文化の関係に強い関心を抱く、株式会社ロフトワーク代表取締役・MITメディアラボ所長補佐の林千晶さんの3名。

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小倉ヒラクさん

小倉さんはかつて、アスペルギルス・オリゼという菌によってお米が発酵していく過程を表現した「こうじのうた」で、共同プロデュースとアニメーション制作を手がけた。今回のトークは、なんとこのダンスの振付を、会場全体で一緒に踊ることからスタート! 賑やかに第2夜のトークは始まりました。
話題はいきなり本質へ。近年、腸内環境を含めて人間の行動や思考に菌が影響を与えているという議論が盛んになされるようになってきていますが、そんななか、捩子さんは人間の主体性や目的 から自由になり、「踊る」のではなく「踊らされている」ようなダンスを目指しているとのこと。
参考のひとつとして挙げられたのは、誰もが知っている盆踊り。自分の体が踊りの場によってゆるみ、他者と軽やかに関係をつないでいける状態は、ダンスの理想のひとつのようです。捩子さんは現在、京都で味噌をつくりながら、鴨川のほとりでひとり踊り、そこに見知らぬ誰かが突然参加し、盆踊り化していくような瞬間を待ちわびているということでした。実はトーク冒頭で小倉さんと参加者が躍った「こうじのうた」は、捩子さんによれば、振付自体がダンスなのではなく、みんなで踊ったこの“場”こそがダンスなのだそう。これには小倉さんもビックリ!
林さんは、人間と微生物が相互に関連しあっているため“つながり”のなかでしか把握することができないのと同じように、自明とされていた男女の社会的な区分けが問い直されている現在のジェンダーの問題なども含め、二項対立自体を解消していくような考え方が、現代において顕著になってきているといいます。インターネットの時代においては、かつての大量生産の時代であったら切り捨てられていた“少数派”なモノや情報が拾われ、その関係性 が切れることはありません。ダンスから見えてくる私たちの未来は、こうした“つながり”のなかで協調しあいながら「みんなで踊っている」ということ自体を見つめることにあるのではないか、という見解が示されました。

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捩子ぴじんさん

では、実際にどのような営みにおいて、私たちは「みんなで踊る」ことができるのでしょうか。この道筋を見つけるには、時間が必要そうです。捩子さんは「自分の踊りが生まれる“場”」自体をつくっていくことを考えているといい、そこから出てくる答えは劇場作品に留まらないかもしれないといいます。そもそも踊る場面が少ないダンス作品を手がけてきたという捩子さんですが、私たちが通常ダンスだと思わないような、しかしダンスそのものである作品が、今後生み出されていくかもしれません。
近代科学のように、わかりやすく分類していくような知のあり方では、つかみきれないこうしたフレッシュな感触は、舞台芸術においてこそうまく表現されるのかもしれません。できるだけ対象を分節化して理解する科学の知見に対して、人間を集団的な形象として考えつづけている舞台芸術に対して、林さんは尊敬の念を抱くといいます。そして、スピードが速いことが是とされがちな現在において、舞台芸術においては“熟成”することの価値が大事にされているというのが、林さんの印象のようです。

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林千晶さん

まさに「こうじのうた」の発酵過程のように、時間をかけること、その時間のなかで生まれる物事を考えることが、大事になってきそうです。小倉さんは、発酵や微生物にかんして、化学式などで説明したらすぐにはわからないからこそ、その「プロセス」を楽しむために、ダンスで伝えているといいます。小倉さんがいうように、デザインやアートといったものの役割も、ここにあるのかもしれません。
世阿弥が父・観阿弥を引き合いに出しながら、老木(おいき)の花のことを語ったように、能によって、体の衰えでしかなかった老いが捉え直され、「未来が“旬”になった」 と捩子さんはいいます。未来に向かって流れゆく時間のなかで“老い”が育まれ、一般的な理解とは異なる“旬”が生まれる、そんな新たな豊かさが示されたコメントでした。
まさに菌が発酵するように、味噌が美味しくできていくように、私たちも時間をかけ、同時代の他者と、そして未来に対して関係性を結んで影響を及ぼし合っていくのでしょう。そのプロセスから生まれてくる、私たちの新たな生のあり方=「ダンス」とは、一体どのようなものなのでしょうか――。

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テキスト:宮田文久
写真:松本和幸